アリス・イン・ザ・マサクル - 28

第4話 「白の女王」⑧

「イベリス様!」

巫女の女の子達が、口々に声を上げる。
バラバラと壁の破片が周囲に散乱し、土煙が周囲を覆った。
白騎士が鎧の埃を手で払い、振り返ってイベリスが突き刺さった方角を見る。
次の瞬間、土煙の中から無数の破片に変化したイベリスのバンダースナッチが、金切り声の金属音を立てながら、空気を切り裂いて飛来した。
それらが白騎士の頭や腕、胴体……体全体に突き刺さり、一拍置いて轟音と爆炎を上げた。
体に薄く、虹色のモヤをまとわりつかせたイベリスが、砕けた壁から体を引き剥がして地面に降り立つ。
講堂の一角が燃え盛っていた。
白騎士のバラバラになった体が散乱している。
彼女は、しかしその場から動かずに、黒い液体だまりの中に転がっている白騎士の鎧を見回した。

「……これくらいで死ぬとは思えないけど……」

イベリスが小さく呟いた時だった。
白騎士の鎧がグズグズと音を立てて沸騰し始め、黒い液体溜まりの中に沈み込み始める。

「左様。これしきでは死なぬ」

背後から静かな声を投げつけられ、慌てて振り返ったイベリスの頬に、風を切って繰り出された、巨大な白騎士の拳が突き刺さった。
薄くまとっていたバンダースナッチを砕き散らし、悲鳴を上げてイベリスが吹き飛ぶ。
地面に叩きつけられ、口の中を切ったのか、血反吐を吐き出しながら起き上がろうとしたイベリスだったが、白騎士は無機質な動作で剣を振り上げ、そして振り下ろした。
彼女の両足のバンダースナッチが太ももの部分から断ち切られ、パァンッ! とガラスが砕けるような音を立てた。
白騎士は、殴られた衝撃がまだ残っているのか……頭をゆらゆらとさせているイベリスに近づくと、再び拳を振り上げ、また頬を殴りつけた。
小さな少女が、圧倒的な暴力に叩き伏せられ、地面に投げつけられるかのように崩れ落ちた。
鼻血をとめどなく流しているイベリスの髪を掴んで無理やり引き起こし、白騎士は両刃の剣を彼女の腕に当てた。

「抵抗されても面倒だ……その両腕も、落とさせてもらう」

無情な言葉を聞き……しかしイベリスは血まみれの顔でニィ、と笑ってみせた。

「ナイ……トメア、は……本当……バカね……」
「…………」
「やりなさい!」

イベリスの発した声とともに、切断されたゆらぎの足がアメーバのように広がった。
そしてイベリスごと、白騎士の体を球形に包み込む。
内部に力を入れながら、その球体が小さく圧縮を始めた。

「もろとも潰れましょうか……?」

口を裂けそうなほど開いてイベリスが笑う。
彼女の髪を掴んだまま、身動きがとれないのか、白騎士は押し殺した声を発した。

「貴様が先に潰れるぞ」
「望むところよ」

小さく笑いながらイベリスが言う。
しかし白騎士は、自分を完璧に囲んでいるバンダースナッチを見てから、軽く鼻を鳴らして言った。

「……それは困る」

彼の指先が動き、両刃の剣が横に振られる。
ヒィィイ……ン、という奇妙な音が周囲に走った。
空気というよりも、虚空を「斬った」かのような、異様な音だった。

「ダーインスレイブは、総てを切断する」

白騎士とイベリスを囲んでいるバンダースナッチが、ズルリとズレた。
輪切りにされたオレンジのように、鋭利な切断面で中心部から斬られたゆらぎが、悲鳴のような金切り声を発してボロボロになり砕け散った。

「……グッ……!」

うめいたイベリスの病院服……その胸から、切り裂かれたようにドッと赤い血液が流れ出した。

「おっと……」

白騎士は小さく言うと、イベリスの両腕を掴み、魚の干物を持つかのように、その痩せた体を空中にぶら下げた。
そしてダーインスレイブを地面に刺し、懐から酒を入れるボトルを取り出して、流れ落ちてきた血の雫をそれで受け始める。
胸の傷はかなりの深手らしく、イベリスは苦しそうに血反吐を吐き出しながら、荒く息をついていた。

「まだ死なれては困るが、貴様の血は貴重でな。女王様に献上させていただく」
「…………」
「我が受けし令は、女王様の眼前に『アリス』を連れていくこと。貴様がこれ以上抵抗をしなければ、この『巣』にこれ以上の損害を与えるつもりはない」

ボトルが一杯になったのを確認して、白騎士は片手で蓋を締め、懐にそれをしまった。

「ぐ……う……」

呻きながら、イベリスが視線を横にスライドさせる。
砕け散ったバンダースナッチの破片がカタカタと振動を始め……。
間髪をいれずに、白騎士が無慈悲に繰り出した拳が彼女の腹に吸い込まれた。
ゲボッ、と血を吐き出して、小さな少女がぶら下げられたまま脱力する。
そこで、砕けていたバンダースナッチが全て空気中に、光になって霧散した。

「手こずらせおって……」

忌々しそうにそう言い、白騎士は沈黙している周りを見回した。
そこで彼は、怪訝そうに動きを止めた。

「……この臭いは……」

目当ての奥が赤く光る。

「……まだいるのか、ここにアリスが」

「そんな……イベリス様が……」

通信端末ごしにそう言ったフィルレインが、震える声で続ける。

「……分かりました。私達は裏から脱出します」
「何だ! あの子はやられたのか!」

松葉杖をつきながら、アリスの小さい体をおぶったジャックが声を発する。
フィルレインは歯を噛んで振り返り、彼に言った。

「……今はとにかく、アリス様を守らなければ……」
「走るんだ。白騎士がこっちに気づいてしまった」

足元でラフィが声を上げた。
フィルレインが舌打ちをして、ジャックの手を引く。

「話している暇がありません。敵がアリス様に気づきました!」
「何だって……?」

青くなったジャックが、松葉杖を鳴らしながら駆け出し始める。

「どこに逃げるんだ?」
「僧正様のお部屋から、外に出ることができます。列車までたどり着ければ……」

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天寧霧佳

【長編ホラー小説】アリス・イン・ザ・マサクル 【連載中】

記憶喪失の少女が目覚めたのは、血と錆と暗闇が支配する悪夢の国。 彼女を「アリス」と呼ぶ異形の者達が次々に襲いかかる。 訳も分からず戦う事になった少女。 彼女は、覚めない悪夢の中をもがき続ける。
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