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『境内ではお静かに 縁結び神社の事件帖』冒頭試し読み

2018年11月19日ころから発売の『境内ではお静かに 縁結び神社の事件帖』の冒頭試し読みです。先に『境内ではお静かに』ストーリー&登場人物紹介を読んでもらった方がいいかもです(ルビや数字など、本とは若干表記が変わっています)。

事件が起こる前、主人公二人の関係性がなんとなくわかるところまで掲載しています。

1

 今年の桜は記録的な早咲きだ。神奈川では珍しく、3月下旬なのにもう散り始めている。
 ピンク色の花びらがひらひらと舞い落ちる中、参拝を終え、清々しい顔で帰ろうとする初老男性。その足が、不意にとまった。

「ようこそお参りでした」

 男性と目が合った巫女――久遠雫が愛くるしく微笑む。一緒に仕事をするようになったばかりの俺は、この笑顔を見る度にどきりとしてしまう。男性も、年甲斐もなくほおを赤らめる。

「こ……こんにちは、雫ちゃん。お出かけかな」
「はい。注文していた榊を取りに、お花屋さんまで」
「榊なら、その辺にいくらでも生えてるじゃないか」「境内に生えているのは姫榊【ひさかき】。今日の地鎮祭は、ご依頼主が四国出身で、姫榊よりも葉っぱが大きくて関東には自生していない本榊【ほんさかき】をご希望なんです」
「そうなんだ。行ってらっしゃい」

 雫が一礼して背を向ける。その瞬間、微笑みが噓のように消え失せた。大きな双眸は氷塊のようで、温度がまるで感じられない。17歳とは思えない冷ややかな顔つきだ。

 俺と雫は会話のないまま神社を出て、汐汲坂を下る。

 緋袴の前で両手を軽く重ねた雫は、小刻みに歩を進めていく。袴は歩きにくいので、必然的にこういう歩幅になる。雪が積もったらスキーでもできそうな、普通に歩くのにも苦労する急な坂なのに、それをまったく感じさせない。
 俺の方はといえば、まだ袴に慣れず、転ばないようにするだけで精一杯だ。

 汐汲坂を下りたところに広がっているのが、横浜元町商店街、通称「元町ショッピングストリート」である。道路には、規則正しく敷き詰められた石畳。電柱がないため、空は軽やかで、道幅は実際の面積よりも広く、奥行きがあるように感じられる。整然と並んだ店や街灯のデザインはすべて西洋風だし、日本ではないみたいだ。

 これから行く花屋《あかり》は、世界的に有名なフラワーデザイナーが始めた花屋の支店。デザイナーが認めた人にしか店を任せないため、国内に三店舗しかない。そんなすごい店が当たり前のようにあるのも、この商店街の特徴だと思う。

 生まれも育ちも横浜とはいえ、西の泉区に住み、大学が東京だった俺は、この辺りになじみが薄い。平日の昼間なのに、観光客らしき人や、洗練された服装の人などがたくさん歩いていて、戸惑いもする。

 もっとも、戸惑いの最大の原因は雫にあった。

 白衣に緋袴。腰まである黒髪を一本に束ね、背筋を真っ直ぐ伸ばして歩く姿は凜々しい。身長は150cm前後しかないのに、もっと大きく見える。
 異国情緒あふれる街並みを、日本古来の巫女装束を纏った少女が歩いている。それも、こわいくらいきれいな顔をした少女が――隣にいると、心臓が加速していく。道行く人が雫の方を振り向いているのは、巫女装束が珍しいことだけが理由ではないはずだ。
 白衣白袴の俺の方には、ほとんど視線が集まっていないのだから。

「なんですか」

 気がつけば、まじまじと見つめていたらしい。雫は、大きな瞳で俺を見上げてきた。

「参拝者と話すときとは全然表情が違うな、と思っただけだよ」

 咄嗟に返した俺は、言い終える前に後悔した。案の定、雫の瞳が一層冷たくなる。

「何度も言っていますが、敬語でお話しください。わたしは壮馬さんの教育係なのですから」

 得体の知れない迫力に圧され、「すみません」と頭を下げてしまう。

「それに、参拝者さまと話すときと表情が違って当然。愛嬌を振り撒くのは巫女の務めです」
「務め、ですか」
「ああいう笑顔で接した方が、みなさんが気持ちよく参拝できる。わたしは経験から、それを知っています。そのための努力をしているだけです」
「冷静なんですね」
「そうでもありませんが」

 そうでもあると思うが、なにも言えない。この子相手だと、どうも調子が狂う。
 3週間前の俺は、4つも年下の女の子とこんな関係になるなんて、想像もしていなかった。

ここから壮馬の回想が始まって、その後で「事件」が起こります。

『境内ではお静かに』は「どうしても続きを書きたい。そのためには、ある程度の売上が必要!」という一心で、必死にいろいろやっております。この話が少しでも気になって応援してもらえたら、大変ありがたく、うれしいですm(_ _)m


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