H29.12.6受信料最高裁判決批判(2)

1.2現行憲法下の放送法制度

 最高裁のまとめたところによると、昭和25年に無線電信法が廃止され、放送の受信設備の設置に許可を要しないこととなり、新たに制定された放送法は、わが国の放送事業について、公共の福祉のために、あまねく日本全国において受信できるように放送を行うことを目的とする公共放送事業者によるものと、それ以外の一般放送事業者によるものとの二本立て体制を採ることとし、前者を、旧NHKの財産をそのまま引き継いで同法により設立される特殊法人である日本放送協会(以下、「NHK」)に担わせることとして、NHKの業務、営体制等に関する規定を設け、事業運営の財源に関し、NHKの放送を受信することのできる受信設備を設置した者(以下、受信設備設置者」)が支払う受信料によって賄うこととして、「協会の標準放送(中略)を受信することのできる受信設備を設置した者は、協会とその放送の受信についての契約をしなければならない。」(制定当時の放送法32条1項本文)と規定し、NHKが営利を目的として業務を行うこと及び他人の営業に関する広告の放送をすることを禁止したということである。
 まず、ここで検討すべきは、弁護側がこれまでいくつかの下級裁で主張してきた憲法41条に関すること、すなわち「立法の一般性」についてである。立法は、一般的に適用される法規範を定立するものであるから、特定の個人・団体・地域のみを対象としたものは「個別法」であって、認められない。平等の原則に基づき、法律が原則として一般性を要請されているからこそ、現行憲法は、ひとつの地方公共団体のみに適用されるような特別法を例外的に認めながらも、住民の同意を必要としている(憲法95条)のである。したがって、憲法に根拠もなく(公共放送について憲法に規定する是非は別として)、国家機関でない旧NHKの財産を、新設される特殊法人たるNHKに引き継がせ、かつ、「あまねく日本全国において受信できるように放送を行うこと」を義務付ける法律の憲法適合性を検討しなければならないのであるが、裁判所はこれを検討していない。
 もし、NHKがその負担を受忍するのであれば、理論上、違憲であるとはいえ他の国民には負担がないかぎりでは、実質的に大きな問題はないが、放送法は、NHKの負担を補填するために受信設備を設置した者から受信料を徴収する制度を設けている。旧法下と同様、NHKのみが放送を行っているのであれば、受信機を設置することはNHKの放送を受信することにほかならないから、当初の放送法案のように、NHKに受信料徴収権を付与したり、契約を強制したりすることも、問題はない。しかし、放送が昭和25年6月1日に施行されて間もなくの昭和26年9月には民間放送が開始され、無償で視聴できる環境となった。この時点で、NHKの放送を受信したい者、一切の放送を受信したくない者、NHKの放送を必要とせず民放だけを受信したい者の3タイプが登場することになり、すでに、法理論としては歪が生じていたのである。
 
 最高裁が引用する衆議院議事録のように、放送法が「わが国の放送事業の事業形態を、全国津々浦々に至るまであまねく放送を聴取できるように放送設備を施設しまして、全国民の要望を満たすような放送番組を放送する任務を持ちます国民的な公共的な放送企業体と、個人の創意とくふうとにより自由闊達に放送文化を建設高揚する自由な事業としての文化放送企業体、いわゆる一般放送局または民間放送局というものでありますが、それとの二本建としまして、おのおのその長所を発揮するとともに、互いに他を啓蒙し、おのおのその欠点を補い、放送により国民が十分福祉を享受できるようにはかっている」(昭和25年1月24日第7回国会衆議院電気通信委員会議録第1号20頁)ものであり、受信機の許可制が廃止されたことにより、「一方において無料の放送ができて来るということになると、日本放送協会がここに何らか法律的な根拠がなければ、その聴取料の徴収を継続して行くということが、おそらく不可能になるだろうということは予想されるのでありまして、ここに先ほどお話いたしましたように強制的に国民と日本放送協会の間に、聴取契約を結ばなければならないという条項が必要になって来る」(昭和25年2月2日第7回国会衆議院電気通信委員会議録第4号6頁)としても、NHKの放送を必要とせず民放だけを受信したい者の自由を制限することになる以上、これら制度を十分に吟味せず、立法裁量として国会の意思を優先する姿勢は、裁判所として失格なのである。また、NHKに対する信頼があり、他の娯楽の少なかった放送法制定当時は、受信料支払いに対する疑問を声にだす人は少なかったかもしれないが、現在は、民放が充実し、また、NHKの放送内容が、放送法4条各号が定める事項(公安及び善良な風俗を害しないこと、政治的に公平であること、報道は事実をまげないですること、意見が対立している問題については、できるだけ多くの角度から論点を明らかにすること)を守っていないとして声を上げる国民が目につくようになっている。それにもかかわらず、「放送をめぐる環境の変化が生じつつあるとしても、なおその合理性が今日までに失われたとする事情も見いだせない」という裁判所の認識は、事実を見誤っている。
 

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AMANO Seietsu

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