感想文『日本のヤバい女の子』

「優雅な生活こそが最高の復讐である」という言葉があるが、「物語に従わないことが最高の復讐」だと思う。(『日本のヤバい女の子』より)

 最近、あるカウンセラーと、ある脳科学者が対話をする機会があった。そのときに、過去の記憶やトラウマにアプローチする「過去志向」のカウンセリングの話になった。それに対する脳科学者の見解が興味深かったので簡単に紹介したい。

・現在の認知的な傾向というのは、過去の経験に基づいていて、その両者は切り離せるものではない

・脳の中では、過去の記憶と現在に近い記憶の収納場所は違う。おそらく、過去の脳領域のほうがより文脈付けが広い

・だから、過去を扱うのは厄介なのだろう

 なぜ「過去を扱うのは厄介」なのか。その方の言葉を借りるなら、「ピラミッドの底辺」を動かすことになるからだ。つまり、脳では最初に収納された記憶を前提に次の記憶が構造化されていくので、その基盤を動かすと、その後の人生の記憶の解釈も変わってしまうのである。

 ローカルに安定した状態(騙し騙し安定させているだけかもかもしれないが)にある神経細胞のネットワークの記述をほんの少し書き換えること。それは安定から不安定な状態への移行なのだが、その不安定さをいったん耐え抜くと、より全体として安定された状態に移行できる。「寝た子を起こす」という表現があるが、カウンセリングにおけるトラウマ治療なんかはまさにその極みなのだろう。

 ぼくは実際に脳科学の論文などを読んでいるわけではないので、この見解が科学的に正しいのかどうかはよくわからない。だけど、そのときは「ほー、おもしろっ!」と、なんだか納得してしまったわけである。

 前置きが長くなってしまった。今回紹介したいのは、まさに「1000年前の寝た子」を起こすような1冊。はらだ有彩日本のヤバい女の子(柏書房)である。

イザナミノミコト、乙姫、かぐや姫、虫愛づる姫、皿屋敷・お菊――。
日本の昔話や神話に登場するエキセントリックな「女の子」たち。キレやすかったり、バイオレンスだったり、そもそも人間じゃなかったり。彼女たちは自由奔放に見えても、現代を生きる私たちと同じように理不尽な抑圧のなかで懸命に生きていた。
作者は、友達とおしゃべりするように、彼女たちの人生に思いをいたして涙を流し、怒り、拍手と賛辞を送る。ときには、ありえたかもしれないもう一つの人生を思い描く。時空と虚実を飛び越えたヤバい女子会が、「物語」という呪縛から女の子たちを解放する。
ウェブマガジン「アパートメント」の人気連載を、大幅加筆・修正しての書籍化。優しくもパワフルな文章に、フレッシュなイラストが映える、懐かしくて新しい昔話×女子系エッセイ、ここに誕生!

 以上は公式の内容紹介だけど、まさにこの本の著者は、「物語」(それはたいがい勝者によって語られ、書き残される)という呪縛から、「昔話の女の子たち」を解放するため筆をとる。

 たとえば、夫の名誉を守るために自害してしまったおかめのために、当時の価値観に対して怒る。

「なんでだよ!おかめ、別に死ななくてよかったじゃん!」

 たとえば、毛虫が大好きなこと、眉毛を整えず、お歯黒を塗らないことをディスられ、何かするたびに揚げ足をとられ、解釈を押し付けられてきた虫愛づる姫君の心を守る。

「ただ虫が好きです、でいいじゃん!それ以上の理由なんてねえよ!」
「なんですべての行動に対して完璧な理由を用意しないといけないんじゃ!」

 たとえば、遊女という境遇を生き、生涯をともにすると誓った夫を殺され、知人からは露骨な生欲を向けられ、やがて殺人鬼となりその手を血で染め、最後には自らも殺されてしまう鬼神のお松の怒りと悲しみに寄り添う。

「美女の悪事萌え〜とか、女盗賊かっこいい〜とか、バカなの?」
「この子、こんなにもつらくて、悲しかったんだよ? 」

「女の子ってこういうものだよね、こうあるべきだよね」という、ある時代がつくったレギュレーション(規制)に対して、著者はキレッキレのツッコミを入れていく。これは1000年前を生きた「友だち」の人生を、尊厳を取り戻すための闘い(女子会)だ。そしてそれは、現代を生きる女の子たちのための闘いでもある。

 この感想文を書いているぼくは、「男の子」だ。

 正直、古文で習った虫愛づる姫君の話なんて、完全に学生時代バカにしていた。「そりゃモテないわこの子。てかSさんの眉毛って、毛虫みたいじゃねw」と陰で言ってたと思う。かぐや姫ってわがままだよなあとか、乙姫って最悪じゃんとか、普通に思ってた。というか、行動の意味がわからなかった。

 でも、男の子たちが書き、語り、解釈してきた昔話を裏側から、内側から、書かれた女の子の側から眺めてみたとき、揺らぎが生まれる。

 あれ、この子の苦しみや悲しみ、ちょっとわかるぞ……。
 というか自分、何様だったんだ……?

 ぼくたちが生まれ落ち、その瞬間に与えられる社会の常識やルールは、当然だけど自明ではない。誰かが意図を持ってつくりあげたものだ。そこには排除される人、割りを食う人がいたりもする。

 解釈が凝り固まっていた昔話を再解釈することで、いま、この社会の捉え方が変わる。私たちを取り囲むレギュレーションの違和感に気づく。

 なんでもっと、この子たちと仲良くなれなかったのだろう?

 この本は痛い。だって、1000年レベルでの闘いだ。でもこの本は快い。著者は、女の子たちのために、男の子を「絶対悪」と見なすことはしないから。もちろん、おかしいものには「おかしい」と言うけれど、そのために誰かの存在を否定したり、拒絶したりはしないから。

 痛いけど、優しい。要は痛快なのだ、この本は。
 女の子が読んでも男の子が読んでも、励まされると思う。
 というか、こんな女子会なら混ざりたい。

 2018年6月2日に「私たちが昔話になる日を夢見て」という刊行記念イベントが行われた(なんて素敵なタイトル!)。

 ぼくたちは1000年後の未来、どのように語られているだろうか。どのように書き残されているのだろうか。

——昔々、マジで信じられないことがあったんだけど聞いてくれる?

「現代のヤバい女の子たち」の物語の隣に、ぼくはいられるのだろうか。
「あいつらも、ちょっとは話しが通じるようになってきたよね(笑)」
 1000年後の女子会で、良い意味で笑い飛ばされていたいなあ。


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コメント1件

すごく面白そうな本だな!と思いました。ぜったい読みたいです!私が勝手に「こんな人なんだろーなー」と思ってる人魚姫とか、かぐや姫とかも「いやいや、勝手にキャラつくって広めないでよ!」って思ってるのかなと想像したら楽しかったです!おなじ女の子として読みたいと思います。
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