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コミュニケーションを諦めない

「それで、君はそんな彼らに何か言ったの?」

あるコンサルのインターンで、ついていたメンターが僕に訊いた。

これは、僕の就活の中で最も苦くて最も貴重な経験の話だ。

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コンサルのインターンでは、お題として与えられた企業の問題点をチームで分析し、今後打つべき戦略をプレゼンする。チームの人数は3人から6人。与えられた日数は3日ほどだ。

僕らのチームはひどいものだった。会議は踊る、と表現するのがぴったりだろうか。船頭多くして船山に登る、でもいい。話し合いが上手くいかない慣用句を探したら、それが僕らのチームだった。

まず、問題点の分析で揉めた。ある人はコストが問題だと言った。違う人は新規事業がうまくいっていないと言った。まずはファクトを集めようぜ。いや調べ物をするにも方針を先に決めようぜ。方針を決めるためにファクトがいるだろ。おいおい誰がファシるのかはっきりしろよ……こんな調子だ。

「ファシる」とは「ファシリテーションする」の略で、議論を取りまとめて方向性を決めることを指す。こういうカタカナ語は就活生が好んで使い、アジェンダ(計画)、コンセンサス(合意)、コンプライアンス(法令遵守意識)など、多岐にわたる。

さて。すったもんだの末に問題点が絞られても、議論は依然として難航した。

「インターンに参加したからには爪痕を残したい」と奇抜な解決策を提案する人がいたり、「俺は投資銀行のインターンに参加したことがあるからこの解決策が良いと思う」という論理なのか猫騙しなのか分からない言葉を発する人がいたりした。

周りの人ばかりに触れるのはフェアじゃないような気がするので僕についても言及しておく。僕も今思えばどうかしてるんじゃないかと思うような意見を出したり、無闇に議論の原点に立ち返ってみたりした。立派な戦犯の一人と言っていい。

いま振り返れば僕も大概だが、当時、僕はどうしても我慢できないことがあった。チームのメンバーが僕以外全員喫煙者だったのだ。議論の途中でも「ちょっとそろそろ」みたいなノリで連れ立って喫煙室へ。インターンをやっている部屋と喫煙室は離れていたので、20分は帰ってこない。

初日は「みんな行ってる間に休憩しとくか」くらいに思っていた僕も、議論が錯綜し続ける中での「ちょっとそろそろ」連打にストレスを感じていた。何も決まってないのに。あと1時間後にはメンターの人に進捗を見せないといけないのに。今タバコ休憩行ったら15分しかないだろ。10分で戻るって言って戻ったためしがないだろ。そもそもそのタバコ臭いスーツをなんとかしろ。臭いが移る。

こんな調子で進んだ僕らは、もちろん最終発表もお粗末だった。

子供でも気づくような穴を指摘され、何も返せず、無力だった。特筆すべき点がない時の「がんばりましたね」というフィードバックが耳を滑っていった。いっそのこと罵倒してくれと思ったのを覚えている。

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インターンが終わると、最後にメンターからフィードバックがある。良かったところと、悪かったところ。頭の使い方として気をつけること。効率良く議論を進めるには。そんなことを教えてもらう。人によってはその場で内定通知が出たりする。

メンターが僕に訊ねる。「どうだった?」

僕は素直にその時点での感想を答えた。「疲れました。つらかったです」

「君は他のコンサルでもインターンしてたよね。他のインターンと比べてどうだったの?」「断然つらかったです」「何か理由はあるの?」

僕は少し考えた後、正直に話すことにした。

「周りが全員喫煙者で、タバコ休憩と言って議論の途中でいなくなったり、帰ってくるって決めた時間を守らなかったり、そういう細かいことがストレスで冷静に振る舞えなくなってしまいました」

「なるほど。それは大変だったね。見ていて一人でがんばってるなぁという印象は受けたよ」

優しく頷いたあと、メンターはそれで、と続けた。

「それで、君はそんな彼らに何か言ったの?」

「最初は指摘して、ルールを決めようと提案しました。タバコ行くなら先に時間決めようぜ、とか」

「どうだった?」

「最初は良かったんですけど、しばらく経つとやっぱり遅刻してきたりしました」

「それで、君はそんな彼らに何か言ったの?」

これが冒頭の台詞だ。まさか同じことを2回も訊かれると思わなかった僕は言葉に詰まった。しばらく考え、僕は「諦めましたね……」とひねり出した。

メンターは深く頷いた後、ゆっくり喋りはじめた。

「コミュニケーションを諦めちゃだめだよ。コンサルってそういう仕事だから。ズバリと問題点を当てて、感動的なプレゼンをしたって人は動かないから。決めたことを破るから。それでもちゃんとコミュケーションをとって前に進めていく、それができるから僕たちは仕事を頼まれるんだ」

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この会社からはその後、縁あって内定をいただけた。でも、僕は業界ごと変えて別の会社に行くことにした。方針転換したのは決してネガティブな理由ではなく、自分で手を動かして技術に触れていたいと思ったのが大きい。

でも、このときに貰った「コミュニケーションを諦めない」という言葉は僕の中に残り続けている。どんな業界に行っても、どんな仕事をしていても、きっと助けになってくれるだろう。

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