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【創作短編】青い空と山がみえる風景


「私」は負けず嫌いだった。ところが、学校の成績もスポーツもいつも2番だった。1番になることは、けっしてなかった。そして「私」は、性格が悪く、太っていて、醜い顔だった。先生にもクラスメートにも、みんな「私」をきらっていた。
「私」はクラスメートの「トモユキ」に、テストでもスポーツでも、いつも挑戦した
「トモユキ」は性格がとても優しく、すごくハンサムで、いつも成績もスポーツも1番だった。そして学校の先生や生徒、みんなに好かれ、人気者だった。そんな「トモユキ」をうらやみ、はげしく嫉妬していた。
小学校の生徒会長として、人気者の「トモユキ」がみんなから推薦された。「トモユキ」は、仕方なく生徒会長になることを了承した。一方、「私」は生徒会長になりたかったのに、みんなが反対したせいで、なれなかった。「トモユキ」が、「私」を副会長に推薦してくれたおかげで、ようやくなれた。そんな「トモユキ」の「私」への気遣いや、優しさが、ときにうれしく、ときに憎くて、憎くて、腹が立って、しょうがなかった。
「私」と「トモユキ」は中学校も、高校も、大学も同じだった。そして、「トモユキ」は、いつも1番で、みんなから好かれ、大学は首席で卒業した。「私」は、いつも2番で、大学は首席になれなかった。そして、みんなからいつも、きらわれていた。

大学卒業後、「私」は東京で「トモユキ」と同じ会社に就職した。いつも営業成績がトップの「トモユキ」を追いつけ、追い越せとばかりに、猛烈に仕事をした。そして、ついに、「トモユキ」をぬいて、営業成績が1番になった。会社で社長からじきじきに、表彰された。
それから「トモユキ」は突然、会社を辞めて、故郷にもどっていった。
「トモユキ」に、ようやく勝った・・・そう、思った瞬間だった。だが、「トモユキ」が突然、いなくなり、「私」は、なにか、心にぽっかりと穴があいたような気分になった。

今年から仕事で体を壊し、休養のため故郷に戻った。同窓会が開催され、ひさしぶりに「トモユキ」に再会した。
「私」は、「トモユキ」に再会して、どういうわけか、うれしく、懐かしかった。だが、「トモユキ」に会うのが、とても怖かった。仕事ができない、自分の今のぶざまで、みじめな姿を「トモユキ」だけには、絶対みせたくない。きっと、「トモユキ」は「私」のことをバカにして、あざ笑うに違いない・・そう思っていた。
ところが、「トモユキ」は、「私」の体調を気遣ってくれた。そして、会社の社員の使い捨ての問題や、ノルマ至上主義の会社に対して、強い憤りを感じ、会社の方針とあわないので、退職したことを話してくれた。
「何か、俺にできることはないか。俺が力になれることはないか」と、親身に相談にのってくれた。今、「トモユキ」は不当解雇や、弱い立場の労働者のために、地元で評判がよく、腕のいい弁護士として活躍している。

いままで、子供の頃から、「トモユキ」に勝ちたい。「トモユキ」に追いつけ、追い越せと、死に物狂いでがんばってきた。社会人になって、今の会社に就職して、ようやく勝ったと思っていた・・・
だが・・・・
負けた、負けた・・・
負けたのは「私」だった。いや、「私」は、いつも「トモユキ」に負けていたのだ。「私」が、「トモユキ」に勝ったことはない。「トモユキ」には、とうていかなわない。
これからも、私は「トモユキ」に、一生、永久に負け続けるだろう。

ぬけるような青い空。その青い空と、かなたでふれあうように青い山々が目の前にひろがる。「私」の故郷は、こんなに美しかったのだろうか?いつから、こんなに美しい青い空だったのだろうか?ずっと前から、こんなに美しかったのだろうか?この美しさに、どうして、今まで気がつかなかったのだろう?
桜の花びらが、ハラハラと顔にまいおちてくる。みずみずしい紫のかきつばた。藤の香りがほのかにただよう。桃色のツツジが、いっせいにさきみだれている。目が痛くなるようなまぶしい萌黄色の竹林や田んぼのみずほが、風にゆれている。
空が澄んでいる・・・東京の空と全然、ちがう・・・
しろがね色の日差しは、やさしく、そしてあたたかく、やわらかい。
どんぐりのような薄茶色の大きな目をした「トモユキ」の瞳がキラキラと、万華鏡のように輝いていた。

 「トモユキ」から意外なことをいわれた。
「ありがとう・・・」
「今まで、どんなにつらい時も、歯をくいしばって、がんばってこれたのは、おまえのおかげだ・・・」
「今の俺があるのは、おまえのおかげだ。本当にありがとう」
目頭が熱くなってきた・・・
まずい。まずい・・ひどく、まずい・・・!
「トモユキ」の前で泣いてしまう。それだけは、絶対、いやだ。泣かないように、「私」はキュッと口を一文字にしめた。だが、涙腺がもろくなったのか、年のせいか、病気のせいか、はらはらと涙がこぼれてきた。
「大丈夫か・・?どこか具合が悪いのか?」と「トモユキ」はいつも優しい。
「花粉症になったんだ・・」と「私」。涙でくしゃくしゃになった顔をゴマ隠すように、「私」はおどけた声でいった。
老年にさしかかって、白髪も増え、しわやしみのあるおっさんになっている二人は、小学校時代の子供のように、無邪気に笑いころげた。

負けた・・「私」は、負けた・・しかし、これは人間の魂の勝利だ。これは、いつも一生懸命、誠実で正直で、まじめな人間の魂の勝利なのだ。そして、それはとても正しく、よいことなのだ。いや、そうあるべきなのだ。「トモユキ」が、勝つことで、今「私」のそばにいる、このすばらしい人間が勝つことで、勝ち続けることで、「私」の人生に光と希望がみえてきた。
きっと、たくさんの人々の人生に光がさしている。これからも、「私」が知らない、もっと多くの人間の魂や命も、救われるにちがいない。こんなすばらしい人間に、出会えて、「私」は、なんて幸せな人間なのだろう。なんて、幸せな人生なのだろう。
心の底から、本当に、今は素直に信じることができるのだった。


【おわり】
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【あとがき】
コルラボマンガ専科4期のワークショップの課題です。「太宰治の書いた短編「黄金風景」の型から1時間で物語を作る」というワークショップでした。すごく奥が深いワークショップでした。他の方もnoteにアップされるので、おてすきのときに、ぜひお読みください。

今日も明日もよいことがありますように。

 Amarikoアマリコ

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