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人間なんて誰と付き合ってきたかだけ!

「深呼吸する言葉」という詩がある。
これを発明した橘川幸夫さんと私が出会ったのは、バブル崩壊後の九十年代半ば。会社ではオアシスというワープロをグループで二台共有して仕事をし(要は普段は手書き)、ウェブサイトは世の中にそんなにたくさんはなくて、パソコンからのメールも個人でおっかなびっくり使っていた。携帯電話もいわゆるガラケーで、会社ではまだ個人配布もかなわず、会社に連絡するときはテレホンボックスを探し歩いた。テレカが必需品で自分の携帯を買おうかどうか悩んでいたっけ(結局すぐ買った)。ちなみに女子高生がミニスカ・ルーズソックスという格好で、ポケベルで連絡を取り合っていたのもちょうどこのころ。JK文化真っ盛りで男子はイマイチ元気がなかった。というか、女子のパワフルさが全開になった、そんな時代だったと記憶している。
出会ったきっかけは、社会人四年目で編集者を本格的に始めた時、とある銀行の調査担当者に紹介されたことから。その銀行でやっていた調査の本を見つけて、面白いなーと思って連絡したら「一度会いましょう」という話になり、ほいほい会って話しているうちに、「あなたはこの調査を生み出した橘川さんに会ったほうがいい」と言われて…という流れだった。
さて、普通は初対面の場合、相手が出した名刺をもとにコミュニケーションをとるものだと思う。「ああ、〇〇会社の✖✖さん。最近★★★を販売されてますよね。私も使ってます! ちなみに御社ではこれから…」的な。でも橘川さんはちょっと違う。「ああ、君は〇〇会社なんだ。★★★を作っているんだろ? あのさ、△△会社あるだろ? あそこは〇〇会社のことをうらやましいと思ってるんだ。なぜならさ…」という感じで、名刺の背景にある会社の存在よりもさらに向こうの、この社会で活動している人たちの話をしてきたのだ。

「へー、面白い」と思ったのが最初の感想。そして会社にいる先輩たちよりずっと親しみやすいな~と思った。社員の平均年齢がまだ三十歳前後だったこともあり、会社の先輩たちの方が、年齢的にはずっとずっと近いのに。自分の親とほぼ同い年の橘川さんの方が、話がわかるし親しみやすかった。
その後、仕事帰りに橘川さんの事務所に遊びに行くようになった。遊びに行くたびに、あちこちの業界で働いている人たちと出会った。よくよく話を聞いてみると、一部上場企業の重役さんだったり、会社の社長さんだったりする人だった(ひょえ~)。でも不思議なことに、ほとんどの皆さんが偉そうに見えない。みんな友達なんだろうな、と思った。そしてデメ研(橘川さんの事務所)で会う人は、ぺーぺーでどこの誰とも知らない私にもフランクかつ優しかった。会社ではちょっと年が上で、ちょっと肩書がついているだけで、偉そうに人の失敗を罵倒したり、まじめさをかさに着てマウントとってくる人がたくさんいるのに、これはどうしたことか…。

そこから数十年経ち、橘川さんと久々に再会して深呼吸学部をネタに色々と活動している中で、ようやくわかったことがある。
橘川さんは私達とは別の世界線で生きてきたのだ!
 
私はここ三年ばかりVR世界で遊んでいる。あそこはアバターでなりたい自分になって、それまでの肩書・性別・身体とは無縁の、その人そのものとの付き合いができる世界なのだけれど、実は橘川さんはVR世界と同じような立ち位置で、現実世界を生きてきたのだ。だから、出会った人と一対一で付き合うとき、その人がもっている肩書も性別も身体も無関係に、「お前はどんな人間なんだ」ということだけを見つめて真剣に付き合えている。だから話が合った人たちとは、どれだけ偉かろうとどれだけ天才だろうと、人と人としての付き合いができてしまうのである。
そんなわけだから、知識で頭がいっぱいになっている人に橘川さんは冷たい。知識も肩書の一種だからだ。「〇〇を知っている私」というのは、その人そのものじゃないし、それだけで偉くなった気になっているのは間違いだ。知ったことで何を生み出そうとしているのか、現実にどう動いているのか、そこが大切なのだから。
逆に言うと、どれだけ無名でも、自分を見つめて何かを生み出している人に橘川さんはとても優しい。無名の人が持つエネルギーやクリエイティビティをここまで心底信じられる人は数少ない。だから、橘川さんは名もなき天才を見つけ出してしまえるのだ。岡崎京子さんしかり、Staさんしかり。
そして橘川さんは自分自身の最大のファンでもある。だからこそ、偉くなることから逃げ続け、ひたすら何かを生み出すことに精魂傾けてきたわけ。そういう人になりたいんだよね。誰よりもまず自分が。

というわけで、やや脱線気味だけど、橘川さんは高度経済成長期から確固たる勢いで育っていく社会の組織化をものともせず、ただ一人で個人と個人が出会うことで生まれる可能性の世界を数十年にわたって生きてきた人なのだ。私はVRの世界に入って、ようやく橘川さんが見ている世界が実感と共に理解できるようになったなあと感じている。

さて、そんな橘川さんが時代の中で深呼吸してきた言葉たちは膨大にあるのだけれど、その中から108本を選んだのがこの本になります。
今の時代にもやっている人、怖くなっちゃっている人に読んでもらえるといいかもしれないです。また、今の時代が楽しくってワクワクしちゃって、これからやったるで!と思っている人は、読んだら橘川さんか私に連絡を笑


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