空想のカルディア②

なんというクソ脚本なのか。
変な着ぐるみの中身が美少女なんてのは、正直驚きはないし、自分ならそんな筋書きは書かない。
灯と想の間には頭をもがれ美少女が顔を出した、着ぐるみのウサギがベンチに座っていた。しかし、美少女はウサギの手で顔を覆って、シクシクと泣いていた。
いや、マジでどういう状況だよ。
着ぐるみのウサギの中身は、肩にかかるくらいの鮮やかな黒髪と潤んだ瞳がよく似合う美少女だった。恐らく大学生くらいだろうか。自分よりいくらか若く見える。
「お、お願いします.....わ、ワタシ、この仕事クビになったら.....もう、働くとこなんてなくて.....」
「いや引く手数多だろ、その容姿なら」
「泣き虫って言いたいんですか」
「いや言ってねーわ。頭の中でどう変換したの今?」
そして、この美少女は何故だか異様なまでにネガティブなのである。先ほど、あれほどポジティブな歌を歌っていた奴と同一人物には思えない。
「許してあげたら?反省してそうだし?」
想から一連の事件の概要を聞いた灯は、泣きじゃくる美少女と想を見比べながら、そう口を開いた。
「暑いし、もう髪も乾いてるでしょ?」
「髪に関してはな」
「えー何?こんなに暑いのに煮え切らない想いでもあるわけ?」
「うまいこと言わなくて良いんだよ」
たまに灯の頭の回転の速さに驚かされる。普段はアホな言動が目立つが意外と頭が良かったりする。
いや頭が良いからアホなことを計算して話せるのかもしれないけど。
そして、そんな灯の前でいつまでもヘソを曲げているのは、地頭の悪さを晒しているようで、なんとなくバツが悪い。
「ま、いいや。今回のことは水に流してやる。今回のことに懲りたら、もう客に水かけんなよ」
未だ顔を手で覆ったままのウサギの美少女に声かける。
ウサギの美少女が手の隙間から、想をチラリと見る。
「.....ホントですか?」
「あぁ」
「油断させておいて、今日の帰りに事務所にクレームの電話とか入れたりしないですか?」
「ネガティブ過ぎだろ!しねーよ、そんな面倒なこと」
「昔されたので.....」
「それは自業自得だろ」
美少女は顔を覆っていた手を下ろし、想の方を見る。
「信じますよ」
「別にどっちでもいーよ」
早く解放してくれ。この暑さからもお前からも。
「信じますからね。ワタシが信用するなんて、火星が破裂するくらい貴重なんですからね。その辺心に刻んでくださいね」
「心なんて、実在しないものを言われても困るけど覚えとくよ」
「心に刻んでください。じゃないと信じられません」
美少女は真剣な眼差しで想を見つめる。
その眼差しは、可愛い彼女の前で言うわけにはいかないけども、それはそれは美しかった。
「てか1つ言っておくけど、お前が悪いんだからな。そもそも客に水はかけるな。あと、仕事中に歌うな。プロ意識持て」
「それは無理です」
「なら向いてねーよこの仕事」
「とにかく、今日のことは誰にも言わない。約束してください。じゃないとワタシ、ここで貴方に泣かされたって言い続けます」
「そーいうのは辞めてくれる?」
変な疑いかけられるから。
良い大人が美少女を泣かせている絵面は宜しくない。いくら隣に灯がいたとしても。てか灯も悪く映っちゃうし。
「とにかく、心に誓ってください」
ウサギの美少女は依然として、真剣な眼差しで想を見つめる。てか彼女が見てる前で、あんま見ないで欲しいんだけど。
想は小さくため息を吐いた。
「分かったよ。誓うから。そう面倒な反応すんな」
「どこにですか?」
「心だよ、心」
「それどこにありますか?」
「お前が言い出したんだろーが。知るかよ、頭とか?」
「"私"はココにあります」
そう言って、ウサギの美少女は自らの胸に手を当てた。といっても、彼女本人ではなく着ぐるみのウサギの胸ではあるのだが。
テキトーな言い訳を並べても良いが、なんとなく"心"というものに拘る彼女に、自分が拘ってしまった。
「心なんてねーよ、この世に」
「ありますよ」
「胸の中にか?」
「はい」
「アホらし」
つい本音が出てしまった。
いつの間にやら、先ほどまでとは違う種類のイライラを感じていた。
「ありますよ、心は。私にも貴方にも」
美少女が繰り返す。

「心があるから、"私"は"私"であり、貴方は貴方であるんです」

潤んだ瞳でウサギの着ぐるみを着た美少女が言い放つ。何にこの子はこだわっているんだ。
そして、何故自分はこのヘンテコな子を放っておけないのだろう。
美少女は言葉を続ける。
「でも、私は自分の心に自信がない。だから.....」
美少女は立ち上がり、地面に転がったウサギの頭へ歩み寄る。
そして、そのウサギの頭をすっぽり被った。
「だからワタシは今日も、ウサギを被るんです」
「.....何で?」
単純な疑問だった。
ただ、美少女はその質問には答えなかった。
「だから!ワタシはこのバイトをクビになる訳にはいかないんです!さー!心に誓いなさい!ワタシの今日の失態は無かったことにすると!」
「お前、ウサギ被ると元気になんのな」
「当たり前です!今のワタシはワタシではない!チャンウサなのです!」
ビシッと両腕を右斜め45度に掲げて、ポーズを決めるウサギの美少女。
正直何を言っているのか半分くらいよく分からない。
だけど、なんとなく、この心に拘るウサギ少女に拘っている自分がいる。
「あぁもう心でも何でも誓ってやるから、さっさと帰らせてくれ」
「やったー!!」
目の前の着ぐるみのウサギは重そうに飛び跳ねた。とても可愛いとは言えない。
「ったく、最低のサービスの遊園地だよ」
ボソッと呟いたその一言は、今度はウサギの耳には届かず、黄昏に消えていった。

灯と共に遊園地から出る。
すっかり空はあかね色に染まっていた。
「はぁー!今日は楽しんだねー」
隣で灯が大きく伸びをする。
「どっかのウサギのせいで途中は散々だったけどな」
想が軽く毒付く。
なんとなく、あのウサギの話題に触れずにはいられなかった。
「可愛かったよね、あのウサちゃん」
「中身の顔はな」
「えー何ソレ。妬いちゃうなー」
「何でだよ」
ぷぅーと頬を膨らませる灯を見て、思わず呆れたように笑みが溢れる。
ふと灯がピタリと歩みを止める。
「どーしたんだよ?」
想も歩みを止めて灯を振り返る。
夕暮れを背景に立つ灯は、お世辞でもなく綺麗だった。
逆光だからだろうか。キラリと光るその瞳がどこか儚く見えた。
「アタシのこと可愛いって思うなら、やることあるんじゃない?」
「何だよ、それ」
灯のセリフの意味が分からないほど、自分はもう子供では無くなっていた。
一拍置いた後、灯に歩み寄る。灯は身じろぎもしなかった。
ただ、想を見つめている。
想は一瞬視線を灯から逸らし、また灯に戻した。
そして、灯の首に両腕を回し、そのまま灯の唇にそっと、自分の唇を......
「あぁぁぁぁぁあ!!!?」
と思ったが、どこからともなく響いた叫び声に、ビックリして2人ともお互いから離れてしまった。
何と間の悪い......
声の方を振り返ると、昼間に出会ったウサギの美少女が普段着であろう赤いジャージを着て、こちらに向かって猛ダッシュしていた。
「た、助けてくださぁぁぁあい!!!」
何だよ今度は。
可愛い顔をくしゃくしゃにして、ウサギ(だった)美少女は、想と灯の前で両手を膝に突き、肩で息をする。
「ゼェ.....あの.....ゼェ.....助け.......ゼェ」
「休憩したら?」
ウサギの美少女は、とても話せる状態ではなかった。少し落ち着いたのを見計らってから、もう一度声を掛ける。
「どーしたんだよ?」
「あの、実は......ワタシ.....結局、ク、クビになってしまって......ヒック」
ゼェゼェ言ったり、泣き出したりと忙しい奴だ。
ま、仕事中に仕事そっちのけでスキップしながら歌っていたら、クビにもなるだろう。
自業自得である。
「俺のせいって言いたいのかよ?」
「いや、別に、そーいう訳じゃないんですが....」
ウサギの着ぐるみを着ていない彼女は、どこか弱気だ。
「じゃあ、何なんだよ?」
「いや、あの、その、ワタシ、ずっと、会社の寮に住んでて、んで、クビになっちゃったもんだから、す、住む家がなくて......」
「.......」
ウサギの美少女の言葉に、想は言葉を失った。
次の美少女の言葉が何なのか想像がついたからだ。
心がどこにあるのか分からなくても、それくらいは分かる。
「いや、言っとくけど、俺は無理.....」
「あのさ」
「!」
想の言葉を遮るように、灯が言葉を発する。
なんとなく、今日の冷やし中華のシェイクのときと同じ感覚がした。
「もし住む場所に困ってるんならさ、ウチ来る?」
そして、その感覚とかいうのは概ね当たるようだ。
「いや待てって灯。ウチ来るってことはつまり」
「やったー!!」
赤ジャージ姿の美少女が飛び跳ねる。ウサギの姿でなくとも、その跳躍力は微々たるものだった。
「いや、やったー!じゃねーんだよ、このウサギ女!灯の家に行くってことはな、つまりは俺の」
「あ、灯さんって言うんですね、よ、宜しくお願いします!不束者の若輩者の厄介者ですが」
「お前意味分かって言ってんのか」
って、それは灯も同じだ。
「おい!灯!良いのかよ!」
「でも困ってそうだし」
「優しさの権化かお前」
「めっちゃ褒めてくれんじゃん、想」
「この場合は褒めてないんだよ」
想はため息を吐いた。
なんてこった.....

3人でアパートへ向かう。
ウサギ女は、想と灯の間で、ルンルンと下手くそなスキップをしている。
「いやー、恩人ですね、灯さんは」
終始、ウサギ女はそう口走っていた。
そして、アパート前に着く。
ウサギ女が想の方を見る。
「もう、ここまで送ってくれたら充分ですよ」
「お前どの口が言ってんだ。帰れって言いたいのか」
「頭良いですね。顔は悪そうなのに」
「お前言いたい放題かよ。つーか.....」
想は小さくため息を吐く。

「灯の家は俺の家でもあるんだけど」

想の言葉にウサギ女の表情が固まる。
固まった表情のまま、彼女は灯を見た。
「あれ?言ってなかったっけ?」
「えぇぇぇぇぇぇえ!!!?」
ウサギ女の絶叫は黄昏の空へと消えていった。

こうして、奇妙な同居生活が幕を開けることとなった。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?