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雨音

 聞こえてくるのは、静かな雨音でした。

 穏やかで美しい音色は、やがて正体をなくし、私の血脈へと注がれていきます。

 流されていく愚かな思惑。

 この場所は、思い描いたものとは程遠く、険しいばかりです。

 悲しみで湿った土を砕き、撒いた種を見失うばかりです。

 たった一人で歩いてきた道のり。

 振り返れば、足跡は雨で流されていました。

 私はまた行方不明になるのでしょう。

 稲光、轟く雷鳴。

 足がすくみ、指先が震え、声も失います。

 それでも、先へ進まなければなりませんでした。

 足はぬかるみ、体温は奪われ、それでも前に、前に、前に。

 進む理由など考える余裕はありません。

 進まなければ、私はここで消えてしまうです。

 立ち止まれば、雨に流され、土に返るのです。

 何一つ残さぬまま、何一つ勝てないまま、何一つ手に入れられないまま。

 それでもいいのではないか、ふと、そんな思いが、私の足首を掴むのですが、ひやりとした感触に我に返り、慌てて振り払います。

 身を任せたら、底なしの沼に引きずりこまれるでしょう。

 見上げた空は、まだ分厚い鼠色の雲に覆われていました。

 雨が止むと、あの雲の切れ間から、光の梯子が降りてくるそうです。

 光の梯子を上った先には、七色の光で出来た橋があるそうです。

#小説 #掌編  

 

 


 


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