非日常の中の日常4

アイファルン同盟の盟主アイゼルにプロポーズしてきた、サマンド同盟の幹部であるホーグル=ダナーを欺くため、アイゼルの婚約者として過ごす事になったアティーネ。と言っても、今は肩書きだけなので生活は何も変わらない。
そんなわけで、アティーネは今日も畑仕事に精を出していた。
「なんだか、拍子抜けだわ」
土を耕しながらアティーネは呟く。綺麗なドレスを着て、慎ましくアイゼルの隣にいなくてはならないのかと戦々恐々だったのだ。そういう堅苦しい服装や社交場は苦手だった。身体を動かしている方が断然いい。
「おい!アティー!」
遠くから呼ばれる声がした。顔を上げて振り向けば、ライブが土に足を取られながらもアティーネに近づいてくる。
「あれ?ライブどうしたの?」
アティーネが聞くと、ライブは烈火のごとく怒った。
「どうしたのじゃねぇだろ!!剣の練習に付き合えっつったのはどこのどいつだ!!」
「あ…」
ライブに言われて、そういえば剣に長けているライブに剣の使い方を教わる約束を取り付けていたのを思い出す。
「ごめん!今行く!」
「約束すっぽかすほど土いじりが好きなら一日中やってろ!」
「そ、そうじゃないよ!ちょっと考え事してただけで…」
アティーネがあわてて鍬を持って、ライブに近づく。
「考え事?…あぁ、アイゼルさんの?」
「うん…果たして上手くいくのかなって…」
不安そうにうつむくアティーネに、ライブはふんと鼻を鳴らす。
「上手くいくのかなじゃなくて、何としてでもごまかし通すんだよ」
ライブは顔をしかめたまま、歩き出した。アティーネはライブに並んで歩きながら、その横顔を盗み見た。
どうも、最近ライブの機嫌が悪い。アイゼルへのプロポーズ話があってから、ずっとだ。まぁ、苛立つのも仕方がない。一歩間違えればアイファルン同盟ごと潰しかねない相手を騙しぬこうというのだから。
「何としてでも、やり抜かなきゃね」
アティーネがぐっと拳を握り、決意する姿に、ライブはますます顔をしかめた。

プロポーズ騒動から、一ヶ月後。
外交担当であるリューとのやり取りだけで特に大きな動きはなかったのだが、ここに来て事態が一気に動き出した。
ホーグルがアイゼルの元に訪ねてくるというのだ。
「アイゼルとその婚約者に会わせろと言ってきた」
今まで交渉を請け負ってきたリューが肩をすくめる。
「幹部とはいえ、まったく会わせないわけにはいかないし…困った」
「その割には困ってるふうには見えないけど?」
サクリナがちゃちゃを入れる。リューはニヤリと笑う。
「まぁ、予想の範囲内だからな」
「で、いつ来るって?」
カーチが聞くと、リューは肩を竦めた。
「3日後だと」
「3日後~?!」
リューの言葉に、そこにいた全員が叫ぶ。
「いくらなんでも急すぎるわ!3日で来客迎える準備しないといけないって事?!何考えてんのよ!」
サクリナが言い放つ。盟主や領主の元を訪ねる時、最低二週間前には相手側に来訪を伝え、迎える側はその間に来訪者をもてなすための準備をする。それが一般的な礼節だ。どんなに急でも二週間の猶予があるのに、三日間で準備をしなくてはならないとなると、かなり厳しい。
「あー、噂に違わぬ身勝手さだね」
カーチが苦笑する。
「でも、アイゼルさん、あれから一度も姿を見てないんですが…」
アティーネが心配そうに言うと、クリンティがのほほんと答えた。
「アイゼルさんにはケンさんがついてるから大丈夫よ~」
ケン=バーカス。アイファルン同盟の副盟主だ。自由奔放な盟主を裏表と支えている。ケンさんがいるなら、とりあえず大丈夫だろう。
「とりあえず今、明日の準備を急いで進めてる最中だ。ダッドにはすでに警備の手配をお願いしている。クリンティは来訪者の宿泊場所や身の回りの対応を。カーチは今回の訪問に同行しているメンバーなどの、出来るだけ詳細な情報を集めて欲しい。アティーはホーグルが到着するまでは本部に泊まってくれ。綿密な打ち合わせをしたい。サクリナはアティーの付き添いをお願いする」
リューはテキパキと指示を出し、皆が頷いてすぐさま動き出す。
「おい、リュー。俺は何すればいいんだ?」
ライブがリューに聞く。ライブだけ指示がなかった。リューはニヤリと笑った。
「好きなようにしていいぞ」
リューの言葉に、ライブは怪訝そうな顔をする。
「さぁ、ここが踏ん張り所だ」
そういうリューは、どこか楽しそうだった。

続く

#小説 #オリジナル

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