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怒涛の金曜日

 2023年10月13日

 夜明けの歩道.リーガルリリー「泳いでゆけたら」が流れている.空はメロンシロップをかけたかき氷のような諧調.行き場のなかった時の夜明け,勉強に勤しんでいた時の夜明け,何かを思い出していた時の夜明け,時空をすっ飛ばして,点だったそれらが,線になる.恐ろしいことに全ては地続きで,ずっと夜明けの中で生きていた気がする.湯気のようにふんわりと湧き上がる人々の気配.

 「空はどこまでが空なんだ?雲はどこまでが雲なんだ?僕はどこまでが僕なんだ?ねぇ?」


 うぅん,めっちゃMVっぽいなぁ.そう思って,思考を捏造していた.左手を暖色が見え始めた空の果てへ押し付けたりもする.おお,いい.ぽいな,めちゃくちゃぽいな.曲と風景と思考ががっちり合っている.感嘆.そんな感じで線路沿いの帰り道を歩いていた.歩き続けていた.ひとり.

 今日はゼミがあり,卒業研究の中間発表会のための発表予行練習を行った.その後,フジテレビへ行って,オールナイトフジコという番組に出させていただいた.

 発表のプレゼン資料を作るため,ここ数日,夜な夜なパソコンと向き合っていた.眠いけれど,それ以上に上手くできないことが怖くて,起きていた.


 それ以外にもやることがあって,養成所の頃の作家さんのところへ行き,三人でネタの台本のアドバイスを伺いに行ったり,デニーズで新ネタ作りをしたり,実家に帰ってスーツを取りに帰ったり,ずっと慌ただしかった.

 実家のぷっぷ(黒いトイプードル,6歳,2.3 kg)は,髪型が変わった僕のことをまだまだ覚えていた.夜中,ぷっぷと遊びながら,資料作りをした.

 三日前なんかは事情があり,神谷町駅に三人で集合することになった.丸の内線霞ヶ関駅で乗り換えて,東京メトロ日比谷線へ.この霞ヶ関駅から神谷町まで,微妙に心に隙を持たせる区間というか,「あれもう着いた?」となる区間だった.新井さんに関しては,降り忘れてしまったらしく,遅刻してきた.帰りも三人で乗ったのだが,三人ともぼーっとしていて,霞ヶ関駅に着いて,すぐに気が付き,いそいそと降りた.不思議な区間.


 今日は,三時間の仮眠を取って,プレゼン資料を仕上げて,お昼過ぎに大学へ向かった.電車の中で,プレゼンの練習.パソコンを見つめていたら,あれここの流れおかしい,とか,整合性がずれている,とか,自分の論理の穴がたくさん見つかって,一個ずつ直していたら,もう自分が何を伝えたいのか,訳が分からなくなって,とりあえずそのままで挑んだ.

 教授やゼミのメンバーから色んなアドバイスを受けた.プレゼンの構成を修正した方がいいと言われた.そりゃそうだ.ただ,「君の作ったデータは,現時点ではあまり前例のない,貴重なデータだから,もっと目立たせた方がいい」と言われた.それだけ,また次頑張れるなと思った.

 一応,この卒業論文のテーマはかなり好きな部類に入るし,それなりのものに仕上げたい.


 発表後,すぐに大学を出て,フジテレビ本社へ.駅のホームでおにぎりを二つ食べ,電車の中で寝た.

 僕らの出るコーナーはお笑いフジコロシアムというバトルコーナーで,フジコーズの方々が審査員となって,他の芸人さん含め三組でネタバトルを行うというもの.五週勝ち抜くことが出来たら,レギュラーになれるらしい.

 現地に着き,既に二週勝ち抜いていた群青団地さんがいて,入り時間までお話ししていた.もう一組のポテトカレッジさんには初めてお会いしたので,ご挨拶をした.その後は,ずっと三組で話していた.


 いつもなら家にいる時間帯に,外の,しかもテレビ局にいることが,すごく変な感じで,三人ともに独特の緊張感が漂っていた.新井さんと柿田さんはお弁当を食べていた.僕はお腹が痛くなりそうだったから,持って帰ることにした.

 打ち合わせ,リハーサル,メイクと順に終えていく.わあ,テレビっぽいなぁと,一応,思いはした.お弁当高そうだなとか,テレビ局の廊下って独特だよなとか,呑気に口に出したりもした.しかし,どこか頭の中でずっと不安が渦巻いていた.

 ネタだけでなく,トークコーナーもある.そして,生放送.それらの点も考えなくてはならない.何回も頭の中で問答を繰り返していた.僕の苦手な平場トーク.出来れば,コントだけしていたい.というかコントをしようと思って,芸人になったんだ.でも,芸人はコントだけじゃないし,他にもいろいろ必要だ.苦手でも僕にもやれることはあるだろう.最終的にそう思った.

 そして,出番.午前二時.子供の頃,この世に本当に存在しているのかなと思っていた時間帯.確かに存在していた.丑三つ時手前.草木も眠りに落ちる頃.僕はスタジオの中央に立った.


 とはいえ,スタジオは僕のように切羽詰まった雰囲気ではなく,和気あいあいとしていたので,なんとか落ち着いて,冷静に話すことが出来た.いいぞ,ちょっとずつちょっとずつ進んでいる.

 僕らの出番は終わり,スタジオの隅へ行った.そこで,ふと自分の意識がはっきりした.その途端に,息が出来なくなっていることに気が付いた.


 ということで,僕は過呼吸になり,そのままフェードアウトした.番組の最後,一応,復活したので,カメラの前で「すいませんでした」と謝った.フジコーズの方々がこの先,メンバーとして残留するかしないかという大事な節目の回で,僕が変な爪痕を残すという形になった.

 はあ.前も生放送で気絶して,今回は過呼吸.新井さんに「姿勢はいいけれど,もう少し自分で加減をしてくれい」と笑われた.そりゃそうだ.何もかも全力でやってしまう癖は,僕は面白いと思うけれど,みんなはそうじゃあ,ない.心配しないでくださいと言ったって,僕が逆の立場だったら,やっぱり心配してしまう.これは改めないとなぁ.でも,生まれてこの方,ずっとこんな感じだし,どうしたものかなぁと帰りのタクシーの車内で,ぼんやりと考えていた.


 出演者の方々,そして,テレビ局の方々,みんな優しかった.そして,僕らを今回のコーナーに推薦してくださったフジコーズの佐藤佳奈子さんには,本当に感謝しかない.いろんな人を見て,いろんなことを知り,いろんなことを学んだ.

 あと,コーナーで,僕らは勝つことが出来た.また来週も出られるのだ.過呼吸でスタジオ前の部屋にいた時,モニターにスタジオの様子は映っていた.僕がフェードアウトしてからの新井さんの表情は,ずっと引きつっていた.めちゃくちゃ焦っていたらしい.一方,柿田さんの表情は,いつも通りの笑顔だった.柿田さんらしいなと思う.

 ああ,やっぱりテレビに出られるのは嬉しいなぁ.なんか生きた証が残せた気がする.また,日々をコツコツ頑張っていこう.


 全然関係のない話.スピッツの「空を飛べるはず」の「君と出会った季節が…」という一節.米米CLUBの「浪漫飛行」の「君と出逢ってから…」という一節.入りのメロディと歌詞が似ている気がしている.どうだろうか.誰かにどっちでしょうかクイズを出してみようと思っている.

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