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後半で畳みかけるように恐怖が襲い掛かってきた一日

 2023年3月10日

 昨日は3人でのネタ作りで,一日が終わった.今日は,午前中にヌダエ爆速~仲良くする後輩を探そうSP~というライブに出演させていただき,午後は,大学の研究室に行った.

 ネタを一本やったあと,人力舎の先輩であるぬでさんに気に入られるようなプレゼンを一本やった.

 僕は,大学一年の時,お笑いサークルに入ろうと思い,新歓ライブに行った.そこで,当時まだ大学生だったぬでさんが他大学からのゲストとして出演しており,ネタをお見かけした.

 そこから,現在,事務所の先輩と後輩という関係になっていることを考えると,なんとも不思議なことだと思う.

 会場に着くと,音響係で前川さんに会った.前川正樹という名で,芸人として活動しているが,僕のお笑いサークルの先輩である.一応,形としては,ワタナベエンターテインメント所属となっているらしい.そして,大学を中退しており,僕はそこからおよそ二年近く会っていなかったため,お互い人見知りも相まって,毎回会うたびに最初,会話が止まる.まさか,こういう形で再会するなんてお互い思っていなかったというような感傷よりも,気まずさが勝つ.もちろん,しばらく話していたら,ようやく慣れてくるのだが,最初は何故だが,お互いぎこちなくなる.

 基本,話が詰まると前川さんは,

「桑田ぁ~(僕の本名),桑田ぁ~(僕の本名)」

と連呼してくる.僕は僕で,「最近暖かいですね」と天候の話をする.

「そんなに俺との話は無いのか」

と言ってくるが,その後二人ともただ笑うだけなので,どっちもどっちなのかもしれない.この日も,前川さん以外は,全員人力舎所属の芸人しかいなかったので,人見知りだ,人見知りだと言って,僕に話しかけてきたが,僕とも若干の人見知りを起していた.その後,僕らのお笑いサークルの人たちの近況などについて話した.

 ライブが始まって,ネタをやった後,プレゼンをした.純粋にぬでさんへの愛を話そうと思い,ぬでさんの似顔絵をたくさん描いたフリップを用意して,純粋に好きという単語を馬鹿正直に連呼した.そして,その似顔絵のフリップをぬでさんにあげた.

 ライブ終了後,僕と柿田さんでご飯を食べながら,「僕たちはまだ本気出していないだけ」というオフローズさんに誘っていただけたライブ用のネタ作りをした.このライブの趣旨が,普段ネタを作っていない側がネタを作るというライブなので,僕と柿田さんで一本作る予定である.ライブは18日にあるため,その少し前までに台本を完成させないといけない.

 数時間ほどネタ作りをした後,大学へ向かい,研究室で研究に使えそうな本を読んでいた.災害の危険性の伝達に関する問題については色々調べていたが,そういう問題や心理について研究する分野を災害心理学と呼ぶことを知らなかった.これからは災害心理学に関して,いろいろと勉強していこうと思う.

 研究室を出て,お笑いサークルの友達とすき屋で夜ご飯を食べた.僕らは店内の二人掛けで窓に面したテーブル席に腰かけた.窓の外は歩道だ.灰色の雲でまだら模様の夜空.時刻は二十時過ぎ.二人とも,お腹がひどく空いていた.

 牛丼を半分程度掻き込んだ時,コンコンと鳴った.窓を歩道側からノックされている.横目で見ると,すぐそこに男の足が見える.誰かが,窓を挟んで,僕の横に立っている.なんじゃと思って,また牛丼を食べ始めたが,またノックされた.コンコンコン.先程よりも激しめに,誰かに何かを知らせるように.

 友達と,店内の店員さんでも呼んでいるのかなと話し合っていたが,再びノックされた.ゴンゴン.普通に考えたら,僕らに何か用があるから,僕らのすぐ横の窓を叩いているのだと思うけれど,「あ!○○が牛丼食べてる!」と窓の外からノックするようなイケイケな友達はいないし,第一,連絡してくるんじゃないかと思った.「今,すき屋の外いるけど,食べてる?」など.なので,用は僕ら以外にあると思いたかった.それでも,執拗にノックしてくる.ゴンゴン.ゴンゴン.激しい.意を決して,友達とともに,窓の外にいる男の顔を見た.まったくもって,どちらの知り合いでもなかった.でもこちらをぬらりと見ている.普通に,恐怖を感じる.

 そこからその男は,二十分ほどその場に立っていた.その間もたびたび,ノックしてきた.その後,どこかへ去っていった.いつのまにか牛丼も食べ終えていた.味も何も覚えていない.せっかくの牛丼が台無しだった.たとえ心理学を完璧に勉強し終えても,人間の心理というものを完全掴み切ることはできないのかもしれない.恐怖の牛丼.

 すき屋を出る時,二人ともびくびくしながら,ゆっくり周りを見渡して,ガラス戸を押した.男が闇夜に紛れているのではないかと思った.あの感じだと,窓があったからノックで済んだけれど,窓がないのなら,普通にぶん殴られるんじゃないかと思った.でも,もういないようだった.その後すぐ,友達と別れて,急いでバス停まで走り,バスを待った.ベンチに座りながらも周りをずっと見渡した.何やら誰かが近づいてくる.ずんずんと来る.怖すぎてガン見した.先程の男ではなかった.すごく変な空気になった.男は僕を横切って,バスの時刻表を確認している.バスが来た.

 バスに乗って,気付く.バス停のベンチにネタ衣装を置いてきてしまった.最悪.怖いから早く帰りたいのに.距離として四百メートル程度進んで次のバス停に留まったので,降りた.前のバス停まで,全力疾走.呼吸音を轟かせて,歩道を走った.そして,ネタ衣装を取って,再び次のバスを待つことにした.

 この一連の流れを通して,先ほどのバス停の男からしたら,僕は恐怖の対象だったのではないかと思った.じっとこちらを見ているし,その上,たった四百メートル程度をバスで移動する若い男がいたら,僕は恐怖を感じる.各々に生活があり,その一部が重なった時,出会いと呼ぶ.その始まりと終わり,その一部の切り取られ方によって,その人に抱く印象が大きく変わる.まっとうに生きていても,誰でも,恐怖の印象を与えうるのかもしれない.それは肝に銘じようと思う.


 帰りの中央線で,視線を感じると思って,ふとそちらの方を見ると,薄目でこちらを見ている男がいた.怖いし,なぜ今日はこんなことばかり起きるんだと思うと,何故だがやるせなくなってきて,ポケットからイヤホンを取り出し,音楽を聴こうとした.すると,男が首を横に振った.えぇ,音楽聴いちゃダメなのかなと思った.でもきっと,この人にも,何か事情があって,それがたまたま怖いように映っているのだと思い直した.



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