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垣間見える人々の日常

 2023年4月9日

 今日は,賞レース対策ライブという大会の決勝戦があった.全参加組数は六十四組で,一回戦で二十組に絞られ,二回戦で九組に絞られる.僕らは,ありがたいことに決勝戦まで通ることができた.


 空は澄んでいて,空気がひんやりしていた.会場は,なかの芸能小劇場.近くのカラオケで練習する予定だった.日曜日の中央線は混んでいて,ずっと窓の外を眺めていた.荻窪周辺は建物でぼこぼこした水平線が広がっていて,鉄塔はドミノのように続き,点へとつながっていた.阿佐ヶ谷付近から線路沿いに高い建物が増えてくる.街を縫って進む電車.

 中野駅を降りる.北口.がやがやしているのはいつも通り.カラオケへ向かう.キックボードに乗った親子とすれちがった.お父さんと児童.銀色のキックボードとピンク色のキックボード.別々に漕いでいる.お父さんの後に続いて漕ぐ児童.楽しそうだった.

 指圧マッサージの立て看板があった.マッサージ師の人が両手の親指をこちらに向けてグッドマークを掲げている.いや,マッサージをする時の,手の形を表しているのかもしれない.ダブルミーニング.その隣で,ひっちゃかめっちゃかに折れ曲がった傘の骨が横たわっていた.踊り狂って,疲れ果てたのだろうか.中野は僕の範疇を超えている気がする.


 カラオケが空いていなかったので,近くの公園で練習することになった.十四時頃で,親子連れも多く,邪魔にならないように端の方で練習していた.途中でお腹が空いたので,パンを買いに行った.通りすがったアンティークショップで古いレコードが売っていた.100円.買おうかどうか迷った.蓄音機は持っていない.でも,デザインがいい.トワイライトゾーンー未知の世界ーという表記.字体もいい.結構迷ったが,諦めた.パンは買った.コロッケパン.160円.

 公園に戻ると,新井さんと柿田さんが警察官と話していた.職務質問されていた.どうやら振り込め詐欺の受け子を疑われたみたい.キャリーケースを持っていたので,中身を見せたらしい.中に入っていたのは獅子舞.獅子舞の風呂敷部分も何か入っていないか見せたらしい.おっぴろげの獅子舞だ.

 日が落ちてきた.ひんやりしてくる.ネタ練習も佳境へ差し掛かったころ,男の子三人がやってきて,「何しているの?」と聞いてきた.「遊んでいるの」と答えると,僕に長い木の皮をくれた.「これ武器だから使って」と言った.「これでその人叩いて」.その人とは新井さんだ.たぶん新井さんが僕らにずっとネタの指示をしているから,それを見ていてそう思ったのかな.新井さんは苦笑いしていた.

 彼らが去っていた後,その木の皮を捨てるのもなんだか忍びなくて,リュックに入れた.そして,会場へ向かった.

 出番前に,新井さんが柿田さんのコント衣装の色が気に入らないらしく,ドン・キホーテへ買いに行った.いい色合いのシャツを買うことができた.エネルギー補給のために,板チョコも買った.かなり,ネタを修正したので,台詞を覚えられるかぎりぎりだった.

 人力舎の先輩である,アンダーパーさん,みたらし祭りさんとご一緒だった.他の方々は初対面の方ばかりだったので,安心した.

 お客さんが各組に一から十までの点数をつけるらしい.上位三組が二本目のコントをできる.僕らの出番順は四番目だった.スパイのネタをした.緊張は最後まで拭えなかった.ただ,本番は大きなミスもなく終えることができたと思う.

 九組のネタ披露が終わった後,結果発表だった.いろはラムネは五位.二本目のコントをすることは叶わなかった.普通に悔しかった.二本目は獅子舞のネタを予定していた.キャリーケースに入れた獅子舞.外に出たのは,職務質問の時だけ.ごめんね.

 上位三組による二本目のコントは,残りの六組も審査するらしい.客席側から舞台を見ると,不思議な雰囲気だった.いつものようなお笑いライブとは違う,別種の緊張が混ざっている.貰った紙に点数を書いた.投票自体はスマートフォンから.三組の中一組を選ぶ.点数は意味がなかった.しかも,その紙は後に回収された.

 最後,全組集合ということで,舞台の上に立った.僕らはコメントを振られた.僕は言おうと思っていたことを言った.でも,途中で変なことを言ったかなと思って,大声で「間違えた」と言ってしまった.

 大会が終わり,楽屋で着替えているとき,やっぱり二本目のコントやりたかったなぁとじくじく胸が痛んだ.リュックの中からは男の子にもらった木の皮が飛び出していた.みたらし祭りのりゅうせいさんが「何も間違えてないよ」と言ってくださった.劇場を出ると,春の冷たい夜だった.

 三鷹駅前,縦横に動くチラシ配りのおじさんを見た.「すいませーん」.バレリーナのように動いている.手足をぴんと伸ばして,差し出すのはチラシ.日曜日も二十二時過ぎで終わりを告げそうだ.

 横のコンビニから男の人が出てきた.ケンタッキーのチキンの箱と缶ビールが二本入った袋を下げている.早歩きで心なしかリズムに乗っている.微かに響くぶつかる缶の音.幸福の合図.

 漠然とみんな幸せだったらいいなぁと思う.優しさは状態.今の僕は都合よくそう思えるだけ.でも,都合よくても,そう思えるときがあるだけマシだろう.月曜日に備えて,寝静まる家々を見て,ぼんやりと考えていた.

 夜道に人がいると,わざわざ反対車線に渡ってから,抜かして,また元の車線に戻るようにしている.夜に自分の近くを人が通ったらびっくりするかなと思うから.今日はいつもよりもジグザグに進んで,家に着いた.自分へのご褒美でカップヌードル トムヤムクン味を二個買った.ああ,幸せ.



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