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Russell Wilsonの契約とリリースをLet's Guide:段階フル保証の罠【NFLサラリー談義#9】

現地3/4、BroncosがRussell Wilsonに対してリーグ新年度の3/13付でのリリースを伝えました1巡2つと選手含む大型トレードで2022年に獲得し、Let's ride!のスローガンで親しまれ、シーズン開始前に5年$245Mの契約延長を結んでから2年も経っていない今年のリリースてした。

TLでは驚きのツイートが上がる一方で、やっぱり…と言う声も。個人的には、Wilsonのトレードや契約延長には賛否両論あれど、このタイミングでのリリースは驚きはありません。サラリーキャップ的な観点からも早い段階でチームから除く(Let's rid)べきです。

今回の例は、オプションボーナス、フル保証、Post June-1ルールといった契約用語がたくさんの例なので、経緯を解説(Let's guide)してみようと思います。

1. Wilsonの契約とオプションボーナス

Wilsonは、SEAの契約が2022, 2023の2年分残っていた状態(トレード後2年$37M分をDENが引き継ぎ)で3月にトレードされ、そこから5年$245M($161M保証)の契約延長を行いました。つまり、2022年から数えて7年間で計$282Mの契約です。恒例の(?)グラフで表すと、年ごとの内訳は次の通りです。

契約金 (青部分): $50M (2022-26で分割計上)
オプションボーナス (2023, 黄緑):$20M (2023-27で分割計上)
オプションボーナス (2024, 緑):$22M (2023-27で分割計上)
基本給(黄色部分):残り

網掛け部分は契約時点でフル保証

「オプションボーナスって何だっけ?」という人に簡単に説明すると、「シーズン前に一括で払うことで、Signing Bonusと同じ扱いにできて分割計上できるボーナス」です。これを2年目と3年目に設定することで、契約前半のキャップヒットは減らしつつ、Wilsonが毎年受け取る金額はあまり差がないように設定しています。「2年目と3年目にも新しくSigning Bonusがある」くらいのイメージで大丈夫です。

(オプションボーナスについてもっと詳しく知りたい方は、以前のそれがテーマの記事を見てください。めちゃくちゃ長いですが…)

2. 「デッドマネー$85M」の算出法

2.1. デッドマネーとは原則「支払ったがまだ計上していないサラリーの精算」

さて、ではこれを2024年シーズン前の現在にカットした際、合計$85Mのデッドマネーというのはどうやって計算されるのでしょうか。「デッドマネー」とは原則、契約を途中で打ち切った場合(トレードorリリース)に、それ以降に計上していた支払い済みサラリーをまとめてその年に精算するものです。

つまり、Wilsonの場合には、

支払い済みのうち2024年以降の分 = 青部分残り$30M (契約金, $10M x 3)+ 黄緑部分残り$16M(オプションボーナス, $4M x 4)

の分$46M がこれに相当します。
(詳しい計算は以前書いた以下の記事に)

2.2. 今回は「フル保証分」もリリース時に追加で支払ってデッドマネーに

「あれ、それじゃ$85Mのデッドマネーにならなくない?」
と思うでしょうが、その差の理由が「フル保証サラリー(fully guaranteed salary)」です。上のグラフのうち網掛けの部分は契約時に保証されていて、理由によらず「絶対に支払う」と約束されています(契約の時に「5 years $245 M, $121.5 M fully guaranteed」とか添えて書いてあるやつです)。

これはリリース時点でまだ支払いされていませんが、保証する約束なのでリリースしても支払いは免責されず、リリース時に一括で支払いデッドマネーに計上します。今回の場合、未払いのうち網掛けの

未払いサラリーのうち2024年以降の分 = 緑部分全て $22M(オプションボーナス2, $4.4M x 5)+ 黄色の2024年分$17M(2024のBase Salary)

の$39Mが追加でデッドマネーになります。前項と合わせて、$85Mのデッドマネーとなるわけです。

(ちなみに、この部分は「選手に支払われる保証」であり、「契約したチームが支払う保証」ではありません。このため、リリースではなくトレードなら保証ごとトレード先チームに移り、トレード元は払う必要はありません。詳しくは以下の以前の記事を参照してください。)

3. 今年の3/13付になった理由

3.1. なぜ今すぐじゃなくて3/13なのか (Post June-1 designation)

上記のように計算したものの、$85Mをチームにいない選手のために計上するというのは現実的ではありません(ブロンコスのサラリーキャップが即リリースによって–$66Mになります)。そこで、デッドマネーを2年に分割する手法の「Post June 1 designation」を使います。

NFLでは6/1がキャップ計上における年度の区切りと決まっており、6/1までにトレード/リリースした場合はデッドマネーはその年度に全額まとめてヒットしますがこの日付以降にリリースされた選手の場合、翌年オフにリリースされたのと同じと見なされるというルールがあります。
そして、キャップへの影響緩和のための特例として、各チーム年に2人まで、実際は6/1より前にリリースしても、6/2以降だとみなすという措置Post June 1 designation)が取れます。この場合、2023年はチームにいて2024年にリリースされたような扱いになり、次グラフのように2023年は$35M、2024年は$50Mのデッドマネーと分割されるわけです。

これを使わないと、赤部分が両方2024に加算($85M)

ただし、このシステムが使えるのはリーグ新年度開始日 (3/13)以降というルールがあります。そのため、今すぐリリースというわけにはいかず、新年度開始してからリリースすると予告したわけです。

3.2. なぜ来年以降じゃなく今年リリース?(段階的フル保証)

以上を読むと「どうせ2023のサラリーは全部保証されてて払わないといけないんだし、来年まで我慢してからリリースしたら?
という疑問が湧くと思います。(実際TLで見ました)

この理由は、来年まで置いておくと新たに保証されるサラリーが発生するためです。契約時にフル保証したのは最初のグラフの網掛け部分だけですが、Wilsonの契約には「$37M 2025 salary fully guarantees 3/17/2024, injury guaranteed at sign (2025年のサラリー$37Mは2024年3月17日にフル保証される、それ以前でも怪我でプレーできなくなれば保証される)」という規定があります。つまり、あと2週間Wilsonが在籍していたら、その時点で2024年以降の保証額が増えます。これは翌年以降のリリース時にデッドマネーが$37M増加することを意味し、来オフにリリースしてもデッドマネーは$49.6M + $37M = $86.6 Mとむしろ増えます。これが、リリースを延ばしても意味がなく、またやるなら3/16までにJune-1 cutとなった理由です。

契約時にフル保証額を増やしすぎない代わりに、在籍年数が増えても翌年以降のサラリーが保証されていくこの「段階フル保証」はQBの大型契約では基本的に常に盛り込まれる条件です。
(Patrick Mahomesの10年契約も、最初の保証額は少なく、4年目以降分は前年に一部が自動的に保証されていく (= いつリリースしてもデッドマネーは増えすぎない)という邪悪な契約です)

絶対リリースしないのに、リリースしても崩壊しないように組んである邪悪 (Spotracより)

3.3. なぜトレードではダメ?

最後に「それならトレードしたら保証部分は払わなくて良いし良いのでは?トレード拒否付いてないでしょ?」
と思うかもしれませんが、上記の事項が理由です。

  • トレードにはJune-1 cut designationが適用できないため、6/1までにトレードすると一括でデッドマネーが計上される

  • 3/17で$37Mが追加で保証されるため、トレードできなかった時のリスクが大きすぎる

  • オプションボーナスの支払い期限も3/17(この時点でBroncosが払うため、トレード先に押し付けられない)

ためです。また、オプションボーナスによる先送り部分が激しいのに加え、追加保証部分を引き継ぐ新チームにとってはそこまでお買い得な案件にはならず、リスクに見合う価値はありません(ちなみに、このリスクを排除して成功したのがGBのAaron Rodgersのトレードです。オプションボーナスの支払い期限を遅らせてNYJへ引き継ぐという見事な戦略でした)。

4. 怪我がないのにスターター外させるのはリリースの兆候

そして、Broncosがリリースするのが意外でなかったのは、シーズン中に兆候があったためです。Week16に敗れてプレーオフが厳しくなった(まだ一応残っていたはず)段階のWeek 17に、怪我をしていないWilsonをスターターから外しました。これは、怪我をすると2024年分のサラリーが保証されてしまうためです。翌年残しておいたら払うサラリーを保証したくないというのは…リリースするからですね。(割と毎年この例があります、昨年はDerek Carrがやられてました

またその後、Week 8でKCに勝った時点(BYE WEEK直前)でBroncosから「翌年のサラリーの怪我保証規定をなくさなければベンチに下げる」と通告されていたことをWilsonが暴露しました。これは、怪我してもリリースできるようにすることで、チームがWilsonを出場させるリスクを下げるためです。

ただ、その結果スターターに残れたかもしれませんが、オフにリリースされない保証にはならないので、これは断って正解です。

5. 最後に:Broncosはどうしたら良かったか、という結果論

この項で書く内容は半分以上結果論です。そう筆者も理解しているという前提で読んでください。

Russell WilsonがSEA→DENにトレードされた2022年3月から遡ること1年、2021年3月に実はMathew Staffordがかなり似た条件でDET→LARにトレードされています。どこが近いかというと、トレードされた時点で元チームと残っていた契約が2年であったことと、トレード時点の年齢です。

一方で、2人に対する契約延長のスタンスは対照的でした。Staffordは引き継いだ契約でプレーし、見事Super Bowlを制覇したのを見てから契約延長。それに対し、WilsonはBroncosでRSに1試合もプレーしていない9月頭に5年間の契約延長でした。

これはどちらも理に叶っていて、前者のように遅くするメリットは新チームに適応できるかを見極めてから契約延長できること(ローリスクローリターン)、後者のように早くするメリットはサラリーキャップや他の契約が増えて値段が上がる前に契約延長できること(ハイリスクハイリターン)です。

結果論ですが、契約延長を急いだBroncosは失敗に終わり、Staffordは今年も見事な成績でプレーオフに出たことを考えると、「Wilsonのプレーを1シーズン見極めてから契約延長するべきだった」と言われてしまう結果になりました。最近のDeshaun Watson(トレード当日に新契約)のBrownsにおける負担が大きくなりそうなことを考えても、トレード直後は、フィットするか確認してから契約延長という判断をするGMが今後は増えそうな気がします。

今年はあまりトレードでQBが動かなさそうに見えますが、もしトレードが起きた場合は、その後に契約延長が起こるかも注目したいですね。
長文の記事、お読みいただきありがとうございました。

参考資料

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