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てっぱく鉄道の昼

「さあて、みなさんはそういうふうに空想の産物だといわれたり、岩手に実在するものだといわれたりしてきたこの黒く四角いものがほんとうは何か知っていますか。」
 先生は、教室の中央につるされている大きな写真の、ちょうど真ん中にあるものを指しながらみんなに問いかけた後、ぐるりと顔をめぐらしました。
 Oが真っ先に手を挙げ、次いでEやK、Rも相次いで手を上げました。それに対抗して手を上げようとしたものの、僕はそれをすんでのところで止めました。僕は、ずっと昔にそれをテレビで見たことがあったのですが、やはりあれがとある鉄道だとわかってはいるのですが、ここしばらく本を読むのに忙しくまた数学に力を入れて取り組んでいるため、それを真実だと考えることもなかったのでそれが本当なのかよくわからないという気持ちがしたのです。
 けれども、先生は目ざとくそれを見つけて声をかけてきたのです。
「では、二歩くん。あなたもわかっているのでしょう。わかっているのなら応えたらどうですか」
 そう言われて僕はすぐに立ち上がって口を開いたのですが、不思議なことに先ほどまで言おうとしていたことが今ではもう言葉になってすらいなかったのです。一言も返事が返ってこないことに先生がいら立ちを顔に浮かべ、皆が陰で笑っているのを知っていながら、それが本当のことかどうか僕はやはり応えることができないのでした。そうして1分も経ったころ、先生はもう一度、ゆっくりと言い直しました。
「つまりね、この黒くて四角いものが何をあらわしているのか聞いているんですよ」
 やはりそれが「銀河鉄道」と呼ばれるものだとわかってはいるのですが、どんなに必死にこたえようとしても、やっぱり僕の口からは一言も言葉が出てこないのでした。青筋を浮かべた先生は、いまにもこちらを怒鳴りつけてくるような雰囲気を醸し出しながらもなんとか堪えて、となりにいて手を挙げていた茄子に声を掛けました。
「では、茄子くん。君はわかっているのでしょう。彼に教えてやりなさい」
 すると、あんなに元気よく手を上げていた彼は、もうすっかり尾羽打ち枯らした様子でいまにも倒れこみそうによろよろと立ち上がったのでした。そうして顔をうつむけたまま、応えようとはしないのです。
 先生がいまにも手にした教鞭で殴り掛かるような様子であるためか、先ほどは笑った他の級員たちも体を縮こませてじっと様子をうかがっているようでした。
 それでもなんとか呼吸を整え、先生が写真を指して語ろうとしたとき、不意に彼は顔を上げ、悲鳴とも呼べる声でもって叫びました。
「それは、すべておとぎ話です」
 教室を出た後、みなは黙って自分の家へと帰っていきました。かくいう僕も、まさか先生のお気に入りである茄子があんなことを言うとは思ってもいなかっただけに、いつもならば居残って学習するところをただぼんやりと虚空を見ながら家へとまっすぐ帰っていました。

 この文章は宮沢賢治の小説「銀河鉄道の夜」及び劇場アニメ「銀河鉄道の夜」を基にしたものです。また、これは明確な終着点を持っているわけではないため、いつ終わるかわかりません。なにぶん見切り発車なのでもうこれ以上投稿しないかもしれません。そこのところはご注意ください。

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