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そっと、確かに、響かせる #05:聞こえやすい音、聞こえにくい音

前回の音の「指向性」の話に続き、今回も音の物理の話です。

人間の耳には、音の高さによって、聞こえやすい音と聞こえにくい音とがあります。例えばこんな経験はありませんでしょうか。賑やかな飲食店で店員を呼びたい時、男の人が「すみませーん」と言ってもなかなか店員が気づかないのに女の人が「すみませーん」と言ったらすぐに気づいた、というようなこと。これは男性の低い声に比べて女性の高い声のほうが聞こえやすいからです(個人差あり)。今日はそんな話です。

可聴音域

音の高さはヘルツ(Hz)*で表されます。数値が上がるほど高い音となります。若くて健康的な人が聞くことのできる音は、およそ20Hzから20000Hz(20キロヘルツ=20kHz)であるとされています(もちろん個人差あり)。これを「可聴音域(または可聴域)」と呼びます。

数字で言われてもピンとこないと思います。ピアノの鍵盤の音が、27.5Hz(一番下のラの音)から4186Hz(一番上のドの音)となります。下のほうの音はズシンと体に響いてきますし、上のほうの音はだいぶキンキンした響きですよね。大雑把ですがそのもう少し上と下、という感じです。20000Hzに近い音の例としてよく挙げられるのがモスキート音で、17600Hzとなります。歳を取るに従って聞こえる音が狭まってきたり、人によってはある特定の音が聞こえづらかったり、ということがあります。

*ヘルツ 周波数、振動数の単位。音は波なので、波の数(1秒間に何回波が来るか)で測ります。音の単位はこれ以外にも音圧(音の大きさ)を測るdB(デシベル)というものがあります。

警告音

この可聴音域の中でも、特に人間の耳が聞き取りやすい音域があります。それはだいたい2000~4000Hzあたりと言われます(これまたもちろん個人差あり)。

これ、どんな音かというと主に警告音です。ものによっては1000Hzぐらいの音から作られますが、例えばブザーやベル、電話の音や踏切の音、それからパトカーや救急車のサイレンといった警告音です。おわかりですね。これら「警告」「注意喚起」を目的とした音は敢えて聞こえやすい音の高さにしているのです。

ちなみにCDという記録媒体のフォーマットはこの可聴音域に則っています。つまり20Hzより下と20000Hzより上の音はCDには収録されていません。CDを作る元となる音源はマスターテープと呼ばれますが、マスターテープに可聴音域外の音が収録されている場合もCDのフォーマットに落とし込む(マスタリングという作業)ときには、可聴音域外の音はカットされます。これはCDのデータ容量に限りがあるためで、その後開発されたSACDなどの高音質ディスクやハイレゾといった音源には、マスターテープとほぼ同じ音が収録されています。*

*じゃあCDは音が悪いのか、という論争はナンセンスというか、聴く者にとって「良い音」「悪い音」を判断することと、「音質の良さ」「音質の悪さ」は違ったベクトルで考えるべきと個人的には思っています。これもまたどこかの回で書けたら。

スピーカーなどでも、再生可能音域として20Hz~20000Hzというスペックを持っているものがあったりします。ちなみに20Hz以下を「超低周波音」、20000Hz以上を「超音波」とも呼びます。よく聞く「低周波」は音においては100Hz以下を指します。*

*「高周波」については音というより電波の分野になってくるので割愛。

聞こえやすい=刺激が強い

聞こえやすいということはつまり耳、そして耳から伝わったものを処理する脳に対する刺激が強いということです。小さな音ならいいですが、ある程度大きな音量で刺激の強い音を聞き続けたら体力的にも精神的にも疲れてしまいます。また、低周波は身体が直接振動として感じてしまうため、健康被害などが起こる報告や研究もされています。さらに、特にここ日本で顕著にみられることですが、警告音のようなアナウンスが街中に溢れていると何もしなくてもストレスを感じることになります。これらはそのまま騒音公害、そしてその先の公共サウンドデザインの話*に繋がっていきます。

*騒音公害、環境音についての論議が盛んになるのは、20世紀半ばごろから。そして1970年代ごろから公害となる音だけでなく、街に溢れている様々な音に対する意識を高めようと提唱する研究者/音楽家も出てきました。

音はすべて、必ずしも聞こえやすければいいという訳ではないのです。聞きたい音を聞く。そんなとき人間の耳はとても便利に作られています。次回は耳の仕組みについて書きたいと思います。そして疲れる音、あるいは疲れる聴き方とは何でしょう。これもまた次回以降のテーマに。

ところで最初の話に戻りますが男性の方、これから居酒屋で店員を呼ぶときは高めの声で呼んでみるといいかもしれません。ただし「あいつ店員の呼び方が変」とあらぬ疑いをかけられても責任は持てませんので悪しからず。


今年は梅雨が早いかもしれませんね。店主・寺田がライナーノーツを担当した雨ジャケットの1枚を。
【人を「静」に留まらせるもの】
Kiev Acoustic Trio / Moment
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