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原色の少女 #1

1.シティポップの神様

黒いTシャツを着たエンジニアが、ステージ上でギターのチューニングをチェックし、舞台袖のスタッフに向かって「OKサイン」を出しました。

「OK。コンサートは無事に開催されるようだ」

僕たちは、安堵の溜め息を付きました。

つい数日前まで、演奏メンバーの体調不良により、開催が危ぶまれていたコンサートなのです。

僕と親友の栗山さんは、舞台から数えて6番目の、一番左端の席に座って、次の懸案事項について、議論を始めました。

「それにしても、デカいスピーカーだな。音圧直撃じゃないのか?」

「ヤバいっすね。耳栓しておいた方が良いかも?」

目の前に据えられた巨大なPA装置を睨み付けながら、しかし、実は本心は、屈託のない、安楽な見通しを立てていました。

大丈夫。

「あの『シティポップの神様』が現れれば、すべては救済されるはずだ」

僕が、すべての仕事と家事を放擲して、旅に出たのは、金曜日の夜のことです。

その日は盛岡のホテルに宿泊し、土曜日に十和田市で栗山さんと再会し、日曜日に青森市で開催されるコンサートに参加する予定を立てていたのです。

3泊4日。片道250kmの旅程です。

もうすぐだ。

もうすぐで、僕のすべての苦労が報われるはずだ。

書いた汗も、使った金も、消費したガソリンも、休みの言い訳も。

やがて、神様がステージに現れました。

万雷の拍手、快哉を叫ぶ人々

その『シティポップの神様』は後ろ髪が長く、原色のシャツを着て、少年のように無邪気な笑みを浮かべていました。

2019年6月16日。
青森市文化会館「リンクステーションホール」での出来事です。

(『原色の少女#2』へ続く)

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