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「法律なんでも1000」No.011 一字一句で大違い!


これは、神田英明氏が発行するニュースレター「法律なんでも1000」のバックナンバーです。
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6月25日は、刑法学の権威で、最高裁判事として数多くの反骨の少数意見を残され「死刑廃止論」を著した東京大学名誉教授の団藤重光先生(2012年に98歳で逝去)の命日です。中学高校の両方で飛び級を果たした神童で、その徹底した理論構成は、ドイツ学会にもその名を轟かせたほどです。
実は、団藤重光教授の法理論は意外にも、文学界にも大きな影響を及ぼしているのです。最も影響を受けた文学者がいます。三島由紀夫氏です。彼は父から文学部進学を猛反対されて東大法学部に進学したのですが、そこでの団藤教授の刑事訴訟法講義が彼の文学を変えました。法学における〈徹底した論理の進行〉はその後の彼の作品に色濃く刻まれていきます。法学部に無理矢理進学させた父に最後は感謝までしているほどの日本文学史上稀有な論理性を、三島の文学にもたらしたのです。
法律の持つ必然性(厳格性や論理性)は法律以外の世界にも大いに役立つものなのでしょう。

では今日は、少し法学部の講義を覗いてみましょう。

法学部生が大学入学当初の授業で学ぶこと、それは条文の読み方です。

1.大きく繋ぐ『又は』、小さく繋ぐ『若しくは』
例えば、「人を殺した者は、死刑または無期もしくは5年以上の懲役に処する」(刑法199条)という条文に「または」と「もしくは」という用語が使われています。
これは「大きく繋ぐ『又は』、小さく繋ぐ『若しくは』」と言われるように、単純な並列ではなく、意味のある並列となります。
あたかも「ビールまたは白もしくは赤ワインを1杯プレゼント」というようなものです。
つまり、「Aまたは『BもしくはC』のワイン」というように読むことになります。
「ビール、白ワインまたは赤ワイン」と書きたい場合に「ワイン」の三文字の重複を回避する目的で、A又は「B若しくはC」型で表現します。
ですので、「死刑または無期もしくは5年以上の懲役」も「死刑または『無期もしくは5年以上』の懲役」となります。

それでは理解度テストです。
イ「住民票、保険証又は運転免許証のコピーをご持参下さい」と書いてあったとき、保険証は現物が必要でしょうか?
ロ「住民票又は保険証若しくは運転免許証のコピーをご持参下さい」と書いてあるときはどうでしょうか?

上記イは「A、B又はC」型文ですので、コピーの保険証ではダメで現物が必要で
上記ロはA又は「B若しくはC」型文ですので、「保険証のコピー」で良いことになります。

法律の条文や官庁の文書などでは、「又は、若しくは」など厳格なルールに従って書かれています。
言葉の位置が変わると意味が180度変わるとは大変な決まりですが、決まりあっての条項です。
句点無しで数百文字が続く条文や、役所の公式文、契約書の条項を読解・作成するに際して、法律家はこのルールに従って読み書きしているのです。

では、テストその2です。
「DVD全シリーズ22万円をご購入の皆様には特典としてもれなく、非公開音源のCDまたは今回のツアーで着用した舞台衣装もしくはプライベイトを撮影した直筆サイン入り写真のいずれか一品をプレゼント致します。」
舞台衣装が欲しいAさん、その夢が叶うのでしょうか? もう皆さんはお分かりですね。

この文は、「又は、若しくは」で書かれていますので、正解は、「非公開音源の『CD』または今回のツアーで着用した舞台衣装もしくはプライベイトを撮影した直筆サイン入り『写真』」と読むことになり、『舞台衣装を撮影した直筆サイン入り写真』となります。
他人の勘違いに便乗した悪徳商法ないし詐欺商法として救済されるか否かは別として、形式的には単なる写真をもらえるだけになってしまうのです。十分に注意しましょう。

2.大きく繋ぐ『並びに』、小さく繋ぐ『及び』

イラスト描きで有名なX氏の元に、イラストの注文が入りました。
粘土細工の制作で引っ張りだこのY氏の元に、粘土細工の依頼が舞い込んで来ました。

X氏への注文は
「メロン並びにアンパン及びウルトラマン」を描いた専門雑誌用の表紙の絵
Y氏への注文は
「メロン及びアンパン並びにウルトラマン」の粘土細工の依頼です。
X氏Y氏共に、果物のメロンと食べ物のアンパンだと思っていました。

ところが、X氏もY氏も納品ミスをしてしまい、顔面真っ青です。
果たして、どういうミスをしてしまったのでしょうか?

X氏への注文は「A並びにB及びC」で、Y氏への注文は「A及びB並びにC」です。
もし「メロン、アンパン及びウルトラマン」であれば、単純に「メロン、アンパン及びウルトラマン」になります。
ところが、ここでは「大きく繋ぐ『並びに』、小さく繋ぐ『及び』」という視点で解釈しなければなりません。
「ビール並びに白及び赤ワイン」のごとく書かれていた文章になるのです。

このように『及び』は小さく繋ぐだけですから、
X氏は、果物のメロンはOKとして、「アンパン及びウルトラマン」については「アンパン『マン』及びウルトラマン」を描くべきでしたし、
Y氏は「メロン及びアンパン」については「「メロン『パン』及びアンパン」を製作すべきだったのです。

(※もちろん条項の作成において「パン」と「マン」の記載の重複の回避の為にここまでこだわる注文者は実際には皆無でしょうし、もし存在したらそれこそ要注意人物でしょう。)

最後になりますが、文章は伝達手段として人が作ったものですから、一字一句に意味としての必然性があります。そういう目で、条文や契約書などは読解する必要があります。また、往年の歌謡曲の歌詞を、このような視点から再吟味すると、新たな発見があって面白いものです。

「なんでも1000」No.015>「法律なんでも1000」No.011

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神田英明(民法学者・東京弁護士会弁護士)

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神田英明氏のプロフィール

民法学者(明治大学)、弁護士(東京弁護士会)、法曹教育の第一人者(司法試験首席合格、20歳合格者を輩出)。教え子弁護士が全国各地に100人。
自身の海外経験をもとに、遺産相続に関するミュンヘン講演(在ミュンヘン日本国総領事館後援)や「親が認知症になる前にすべきこと」のフランクフルト講演、「脳が喜ぶ勉強法」という教育に関するデュッセルドルフ講演、さらには国をまたいだ往来が気軽にできなくなった状況をふまえ、世界規模でのzoom講演(「日本にいる老親のためにすべきこと」など)を開催中。
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お問合せ:AMF2020 

amfofficialinfo@gmail.com


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