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「どちらが先に口火を切ったのか、もうわからない。」vol.2

ゲスト:滝口悠生
2017/3/1 @荻窪velvetsun

「口火シリーズ・大谷による各回の記録とレヴュー vol.2」

 あけましておめでとうございます。今年もよろしく。
 さて、去年一年間続けてきた「口火」シリーズ、わたしたちはこれを以前から「文学」の分野における仕事だと言い続けてきている訳ですが、なかなかそのジャンルのプロパーの人たちに興味を持ってもらうことはむつかしかった。そもそも即興演奏からスタートしているので当然なのかもしれませんが、声と「書くこと」を結ぶ取り組みというもの自体が、広義においても狭義においても日本の「文学」では死角に入ったまま、先人たちの試みとも接続されずに、批評的視座すら得られにくい状態にあるのだと思います。
 だからこうして自らレヴューを書いている訳ですが、そんななかで、芥川賞を受賞したばかりのパリパリの文学者・小説家、滝口悠生君がわたしたちの試みに興味を持ち、ゲストとして共同作業に参加してくれたのはとても励みになりました。

 滝口君の小説は、近年の芥川賞作家のなかでは比較的地味め(失礼)な作風だと言っていいと思います。物語=ドラマトゥルギーではなく、もっぱら「言葉を書くこと」自体の力でもって作品を成り立たせようとしている彼の世界は、近代・現代文学の正嫡だと言えるでしょう。何度か打ち合わせして、そのあいだにいろいろな話題が出たのですが、たとえば、カフカが自作の小説をはじめて朗読したとき、それを聞いていた友人たちは笑ったそうです。その「笑い」のニュアンスは、たぶん、「なんだかへんなものを聞かせられている」といった違和感、これまで知っていたものと似ているんだけど、どこか根本的なところで異なっている、しかしその異なりが指摘できないものを前にしたときに、わたしたちが感じる感情が「笑い」になって出たものではないか、つまり、近代から現代への小説の分水嶺を彼らは「笑った」のではないか、というような話をしました。
 作家の「声」ではなく、また、新聞で伝えられるような公的な「情報」でもない、一群の書き言葉の束で作られる作品。こうした出自がきわめてあやふやな、書く=読むという行為だけによって支えている「小説」という存在。滝口君の小説のなかで、文章はしばしばそれを語る人称が同定できないまま、描写と内面、回想と行動が軒を接して続いてゆきます。書き言葉の運動が作り出すそうした時間と空間を、わたしたちの声によって、あらためて現実の時間の流れのなかに置いてみること。これまで黙って読み=書きされてきた、沈黙のなかでやりとりされる小説的世界のひろがりとは、いったい何を担保にして成り立っているのか、ということを、そこから零れ落ちている「読み手の声」「声が作り出す時間」を経由させることで、探ってみること。第二回目の「口火」は、そのような目的でおこなわれました。

 テキストは滝口君の芥川賞受賞作『死んでいない者』の、「10」のパート。まず滝口君が読み、そのあとに時間をおいて、大谷と吉田が続きます。時には黙読も含め、三人がそれぞれの速度で、「10」のパートを読み上げてゆく。基本的な「演奏」作業はそれだけに限定しました。方法を限定することで、互いの声をよく聞きあい、さきほど聞いた言葉を思い出しながら目の前の文章を読み、また、それが他者の口から聞えてくる状態で宙に釣られながら、現在形の時間のなかで、ひたすら紙の上に、書き言葉のなかに、複数形でいることを目指す……そのような状態を作る試みでした。その他にも、三人はそれぞれ手元にポータブル・カセットレコーダーを持っており、時折その録音ボタンを押して、自身およびその時に発されている声と音を録音するという作業もおこないます。滝口君はカセット・テープによるフィールド・レコーディング+テキストという作品も作っており、録音という行為によって追加された「描写」は、「10」の発話がひととおり終わったあと、巻き戻されて再生され、もういちど『死んでいない者』の声の上に被せられて、わたしたちの行為にあたらしい視点を(それがほとんど聴き取れないようなものであったとしても)付け加えてくれるでしょう。

 三人が三人の声を「散文」としてよく聴くことが出来たこのライブは、沈黙の時間のゆたかさも含め、滝口君の小説『死んでいない者』の本質的な部分にも迫ることが出来た、実に充実したものだったと思っています。記録映像と写真でぜひ追体験してみてください。(ちなみに、わたしは、記録映像や写真は、「過去にあったことから何かが引かれたもの」ではなく、「過去にあったことに足された何かなもの」であると考える派です)。

 (演奏は滝口君ステージ登場後、動画の約30分目ぐらいからはじまります。それまでは客入れ状態ですね。滝口君が眼帯をしているのは、前日の打ち合わせ後に飲みすぎて転んでぶつけたからだそうです……)

 こうしたかたちで「小説」に迫る試みは再び試みてみたい……と思いながら、次回とりあげるテーマは「戯曲」ということで、第三回目は飴屋法水さんと、川口貴大くんをゲストに迎えての公演です。

大谷能生


『口火vol.2』記録写真:Hideto Maezawa

https://www.flickr.com/photos/amiyoshio/albums/72157689081675386


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