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小さな奇跡を積み重ねる日々

 恋人は、きっと気付いていない。あたしたちがしょっちゅう「シンクロ」していることに。
 恋人の思考とあたしの思考は、深層心理のクラウドの中でたぶん同期されている。

「そういえば、昨日はどうだったの?」と恋人から連絡がきたのは、今日の夜だった。昨日、あたしは仕事仲間たちが集まるパーティーに参加していて、よくあたしたちの話題に登場する女の子とのツーショットを恋人に送った。
 しかし、そのころ(おそらく)睡魔に襲われていたのであろう恋人は、短い返事を寄こしたのみで、そのまま眠ってしまった。

 そのことについて怒ったりするあたしではない(実際まったく気にしない)が、幾人か懐かしい人と再会したので、恋人に話したいことがいくらかあった。
 大切なのは、それについてふと思い出していたその瞬間に、恋人から連絡があったことだ。

 恋人のことがふと頭によぎるときに、ほぼ時を同じくして彼からメッセージが入ることはしょっちゅうだ。あたしたちの間で何かが共有されているかのような、そんな「シンクロ」である。その実これは、出会って間もないころから頻発していた。

 デートの行先を決めるときにも、こうしたことは時々起こる。
「どこへ行こうか」ウキウキした様子で、恋人が尋ねる。
 そういう時、あたしはたいてい考えがまとまらない。いくつか行きたいところがあっても、場所も名称も思い出せない。必死で記憶をたぐりつつ検索をして、「そうねぇ」などど曖昧な返事をする。
「ここはどう?」そして恋人が示すのは、あたしが今まさに頭の中でぐるぐると考えていたようなところなのだ。

「クリームソースのオムライスが食べたい」「お昼寝する?」「ユニクロに寄りたい」「すき!」「猫ちゃん探しに行こうか」

 長く一緒にいれば好みや習慣が似てくるのか、恋人がこちらに投げかけるいくつもの提案や要望が、そのままあたしの提案や要望であることは最近より増えた。

 あまりにも多いので、これが「シンクロ」などという奇跡的な現象であることを忘れてしまいそうだ。
 あたしたちの前世は、双子だったのかもしれない。非現実的なことは信用しないあたしでも、なんとなく納得してしまうから恐ろしい。

 だから恋人と一緒にいる時、あたしは口数が少ない。あたしの望むことは、恋人がことごとく実現してしまうのだ。魔法みたいに。言葉がないことをこんなに心地よく思うのは初めてだ。

「あなたの幸せが、俺の幸せなのよ」
あれ。また、彼とあたしは「シンクロ」している。

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