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夢日記:ありもしない記憶

その日、私は相方と始発に乗っていた。
私は何故か別の現場に借り出され、深夜作業をしていたらしい。

相方は「このまま出勤するの?」と問う。
まだ仕事しないといけないのか…とうなだれる。
「このまま出勤するには早いから途中下車して朝食を食べに行こう」
提案されるがままに下車の準備をする。ふと窓の外に目を向ける。

下車する予定の駅に程近い学校が見える。洋館のようなお洒落な建物の大学だ。しかし、門には自分が想定していない名前が書かれている。一体、いつ学校名が変わったのだろう。それとも、学校名を間違えて覚えていたのだろうか?

そういえば、この辺りを一駅分歩いたことがある。私は不意に思い出す。
前の駅で下車し、洋館のような大学へ向かうのに一駅歩いたら、死ぬほど遠かったことを。時間に余裕があるから歩いてみたら、予定時刻のギリギリになったことを。
今日は朝食を食べてギリギリに…なんてことのないようにしなければ。

途中下車をして、朝食が食べられる所を探す。ファストフードを素通りし、どうせならここでしか食べられないものをと商店街へ歩を進める。早朝の商店街は開いている店はまばらだが、その中で「塩鶏」と称された唐揚げが売られているのを見つける。
この近辺にこの店の唐揚げを朝定食として出している店があったな…と、相方の腕を引く。

合図に気付いたのか「じゃあ、これにしようか」と相方は唐揚げを指さし店に近寄る。そうじゃない。この先の店に…と、私は相方に伝える手段がなかった。
先程から私はずっと声を発していないのだ。相方からの問いに首を縦か横にしか振っていない。ケンカしているでもなく、私が話さないことがお互い普通のように場面が進んでいる。もどかしさを感じている。
もどかしいけれど、それが当たり前、これが日常であるように私は伝えることを諦めた。あぁ、唐揚げおいしい。

ありもしない記憶ばかりだった。
「別の現場」では深夜作業なんてやったことがない。システムのリリースや年度の更新に関わる作業でさえ「今日朝からシステム止めてやりまーす」が許される現場だ(ありがてぇ)。
その駅の周辺に「大学」なんてものはない。ましてやお洒落な洋館のような建物もない。駅名は実在するが、神戸と宝塚とさいたま新都心が混ざったような大阪だった。
「一駅歩く」という発想もおかしい。そんなもの私から出るはずがない。もし歩く必要があるなら行きではなく帰りだし、時間と体力に余裕がないことに気付いた瞬間、タクシーを拾うだろう。
「塩鶏」という唐揚げも存在しないし、勿論朝定食を出している店も知らない。もし、あったとして私が朝から油分を摂るとは思えない。小学生の頃、朝ごはんに食べた551の豚まんでそれまで一度も酔ったことがない車に酔い、朝から油っぽいものは摂っていないのだ。

現実の私にとってありもしない記憶であるのに、夢の中の私には「どこかで経験した記憶」だった。夢の中に画一性の世界があるような感覚だった。

そうだ。晩ご飯、唐揚げにしよう。
目覚めた私はそう決意した。


登場人物

私:疲弊。
相方:札束で殴る狂人。

唐揚げ:おいしい。

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