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旅した日のこと

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旅の記憶を辿って。
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寝る前のメモ。

寝る前のメモ。

一眼見ればわかる、という域に自らが達していなくても、その凄さはピカピカになった木の表面を見ればわかる。ここに至るまでにどれだけの時間が費やされたかを静かに物語ってくれるから。

現代的な生活をし、現代的な道具を使う私自身の仕事から年季を感じることは難しいのだと思うけど、何かを手がけつづけた先にそんな未来があったら嬉しい。それはまだまだ先の話で、50年先の人が触れたときに次の50年も使いたくなるよう

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風景をつくる人をつくる風景。

風景をつくる人をつくる風景。

自然、建築、標識、看板、信号、公園、路上、そして、道ゆく人々 --。

はじめてのまちを巡るとき、意識的に、あるいは無意識のうちに、この辺りについてをよく観察するようになった。その場に身を投じたときに、感覚的に惹かれるものごとが、私自身が「いい」と感じる風景だから。

何を基準にして「いい」と感じるか、その比較対象はいつだって地元。いや、正確にはいつの間にか地元になっていた。もっとこんな風景が見れ

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寝る前のメモ。

寝る前のメモ。

間に合わなかったので、納得するまでひとまず書いてみようと思う。

・・・

そこに行けば、何かが変わるだろうと身勝手な期待があった。

20代も後半にさしかかり、
少しばかり手応えのようなものも感じていた。

--目指したのは、新潟県・越後湯沢。
目的地は、自分へのご褒美としてずっと訪れてみたかった宿。

けれど、窓の向こうに聳え立つ山々を前にし、
なんだか急に下心を見透かされているような気持ちに

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いま、身近な風景を旅してみる。自分たちの住むまちを再発見するための「マイクロツーリズム」という提案。

いま、身近な風景を旅してみる。自分たちの住むまちを再発見するための「マイクロツーリズム」という提案。

昨年度から、森の京都DMOさんが事務局となり、地元・亀岡の宿泊・食・ものづくり・アート・文化体験に関わるみなさんとともに、この地ならではの体験プログラムや周遊プランの開発等を行なっている「亀岡アグリツーリズム振興協議会(「コミュニティツーリズム」の振興)」。わたしは、そこに事業コーディネーターとして関わらせていただいています。

先駆的に同ツーリズム(スローツーリズム、グリーンツーリズム etc.

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それでもわたしは「旅」をしたい。

それでもわたしは「旅」をしたい。

地元・亀岡でコミュニティ・ツーリズム(Community-based Tourism)の基盤づくりを進めている私たちにとっても、厳しい状況であることは変わりないのだけれど、いまは先を見据えて動いていくしかありません。

むしろ、この状況下で提供できる「旅」の要素を洗い出してプログラム化し、現地を訪れなければ得られない「体験」や「出会い」へとつなげていくことが、この1年で取り組んでいくべきことなのだ

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見えない旅路。

見えない旅路。

その向こうに「なに」かあっても、「なに」がなくても、いい。
「なに」は、得ようとして得られるようなものではない。

まだ見ぬどこかへ飛び出して、いつもの生活に戻ったとき、はじめて自分の身体を纏う「なに」かに気づく。

それは、どこかの日常からわたしの日常へ、まるでタイムトラベルをしたかのような記憶の中に、この肌のまわりに、確かに存在している「なに」か。

その正体は、あなただけが知っている。
あな

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山にかかる靄を見て。

山にかかる靄を見て。

地元にも「文化」があることを知ったのは、旅に出てからのことだった。

まるで絵本の世界に迷い込んだような古い街並みに、かつてあった人々の生活を垣間見ることができる歴史的遺産。きれいなものもあれば、目を背けたくなるものもある。

いろんな過去を受け入れたうえで、その土地の「今」というものがあるのだとしたら、その歴史への向き合い方も含めて、人々が育んできた「文化」なんだと、わたしは思う。

それまでの

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窓の向こうに見えた世界。

窓の向こうに見えた世界。

窓の向こうに見えた世界。

確かに見ていたはずの風景も、結局 “向こう側” でしかなくて。その距離にまた、歯がゆさを感じてしまう。

いつになったら、そちらへ行けるのだろうか。
そちらへ行ける日など、来るのだろうか。

焦がれているだけじゃ、その距離は1mmも縮まらない。

何度も諦めそうになったけれど、憧れを、憧れのままで終わらせることなど、できるはずもないんだから。

窓の向こうに見えた世界。

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旅の準備をはじめる頃。

旅の準備をはじめる頃。

普段の生活のなかでふと、『どこでもない場所』へ行きたくなる時がわたしにはある。

その理由を、わたしもずっと探してみてはいたのだけれど、ほぼ日で新しくはじまった連載『ネパールでぼくらは。』の#1につづられている、鴨さんのこのことばに尽きるような気がする。

“けれども旅に出れば必ず、僕は僕でなくなる瞬間に出会う。

自分自身がまとっている、生きるための癖のような何かがまるで通用しなくなり、むき

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土地で育まれる「感性」を訪ねて。

土地で育まれる「感性」を訪ねて。

こころの拠り所とつぎの仕事のヒントを得るために、それらを見つける旅に出る。

今回は、これまでやってきたような【町並みを眺めて暮らしを観察する旅】からすこし、旅の仕方が変わってきたように感じられる滞在だった。なるべく土地の方とお話をしながら、というのは変わらないけれど、よりその土地や文化を理解しようとしたり、わたしが次にやりたいことへのイメージをふくらませたり。

わたしが思い描く【旅】のアテンド

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フィンランドで食べたシナモンロール。

フィンランドで食べたシナモンロール。

ここのところ一段と、朝と夜の空気が冷たくなってきた。

11月頃から昼と夜の寒暖差が大きくなると地元には霧が立ち込めるのですが、最近は朝起きるとすでに外は真っ白で、今年もいよいよこの季節がやってきたんだなぁと窓越しに感じています。

でも、寒いのって案外嫌いじゃないかも。

お芋や栗がおいしいし、山の風景は次第ににぎやかになっていくし、何よりもお気に入りのコートを着てお出かけができる。

もう少し

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たくさんのパワーをもらって。

たくさんのパワーをもらって。

あっという間に元の生活へ。

ネットが普段通り使えるようになった瞬間、いろんなチャットから仕事に関する情報が流れてくる。取り急ぎ返信をするものはないけれど、余裕があるうちに返しておこうかな。

ネット環境さえあればどこでも仕事ができるようになった便利さはあるけれど、改めてメリハリも必要だなぁと感じた旅でした。

脳みそが上手にリフレッシュできたから、今度はまた思いっきり働きたくなってきた。帰路につ

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ことばが通じなくたって。

ことばが通じなくたって。

どんな場所でも、3日ほど歩きまわれば慣れてくるものだと思う。

(なんて言いながらもGoogleマップさまさまだけど)地下鉄は1日乗車券でだいたいのところへ行けるし、初心者にはむずかしいと書いてあったバスも無事に乗れている。

英語のメニューがなくたって、ことばが通じなくたって、地元の人たちが集まるお店はおいしいことを知ってるし、そういうお店はだいたいメインストリートから2,3本入ったところにある

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にんにくの洗礼を受ける。

にんにくの洗礼を受ける。

あぁ、たのしい。知らないまちを歩くのってこんなにたのしかったっけ。

だいたいの地図をあたまに入れて、あとは好きなほうに向かって歩くだけ。

気心の知れた友人と大学ぶりの2人旅。これはもう、なにが起こっても、むしろなにも起こらなくてもおもしろい。

現地の友人に教えてもらったオススメの海鮮鍋屋さんは、店のおばあちゃんがスプーンいっぱいにんにくを入れてくれたものだから、歯磨きするまで口のなかはずっと

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