平成の終わりの徒然

今日朝のミーティングを終えて一息つく暇ができたので一息ついでに会社のPCでTwitterを立ち上げたらこんな投稿を見つけた。

とはいえそこまで時間があった訳ではないのでこの匿名の文章をすべて読むくとはできなかったが、誰しもが憂鬱な月曜日には珍しくポジティブであることが書かれていることがわかり安堵しつつ、XXさんがリツイートしていたことだけを記憶してあとで読もうとまた仕事に戻った。

転職してひと月半、やることはそれなりにはあったが立て込んだ業務もなく、早めに終わったのでまっすぐ家に帰る。今日はご飯を作ろう。スーパーに寄って帰ろう。私より先に家に着く夫に米だけは炊いてもらおう。

職場から家の最寄り駅まで大した距離はないが、冒頭のツイートで紹介されていたこの文章を読み終えるには十分だった。

さっと読み終わって、あぁ、私はずっとこういうことを書きたかったんだ。思っていたけど怖くて書けなかった。と負け惜しみのように痛感した。

どんなことであれものごとに希望を持つことは勇気のいることで、そして今の自分は恵まれている、それこそ世界はよくなっていると認めることにも勇気が必要だろう。
裏を返せば満たされない満たされないと、何かに文句を言っている状態って客観的に不幸だが、楽な思考だとも思う。「アベが」「男性社会が」「女が」「団塊の世代が」「政府が」と他者に文句を言っている間は自分の努力と工夫が足りないことに目を背けられる。

でももう、そういうのって、無駄じゃん。やめようよ。とずっと文章にしたいと思っていた。しかしこんなに素晴らしい文章を書いている人が世界のどこかにいた。しかもコメント欄をよく見るとこの匿名の文章は2010年に書かれていたものだということがわかる。2010年はリーマンショックから少し景気が回復して、でもそんなによかった記憶もないし少なくとも私は人生の底と言うほど貧乏で辛い思いをしていた時期だった。そんな時期に、こんな文章が生まれていた。

ここからはもともと私が「平成最後の」という気持ちで書いていた文章だ。

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新しい元号が発表され、あぁ本当に平成という時代が終わるんだなと感じる。平成が始まったとき、誰が30年も続くと想像しただろうか。

近代史の中で平成は戦争がなかった唯一の元号とは言うが、確かにそれは素晴らしいことだし天皇陛下がそう言って安堵するお気持ちはもちろん理解するが、それ以外は正直散々な30年だったのでは、と思う。

バブルが崩壊し、数々の災害や信じられないほどの凶悪な事件(具体的なものをいくつか書こうと思ったけど本当におぞましくてやめた)があって、リーマンショックも起きて、
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ここまで書いて、進めることができずにいた。

私が生まれたのは昭和60年ではあるが、自分の意思と思考を持って生きていたのは平成だ。高度経済成長期には生まれていないし物心着いた頃にはバブルは崩壊していた。
確かに書きかけていた文章のように、思い出すこともつらいようなことが多々起きた。

それでも、世界はだんだんとよくなっている。私もそう言ってこの平成という時代を締めくくりたい。どこの誰かも知らない誰かが2010年に書いた文章を読んでそう思った。この文章の中にも出てくるがテクノロジーがなければ、絶対に出会っていなかった文章だろう。

パワハラやセクハラや許されないことだとやっと言える世の中になった。異性間だけではない恋愛があることが知られるようになった。ほとんど日本人しかいないこの島国で多様化なんていう言葉が聞かれるようになった。子供を産むだけが幸せの形ではないと少しずつ認識されるようになった。父親が育児をすることが当たり前だといわれるようなった。

この変化は我々や先人がこの平成でもがいて苦しんできた成果だろう。

世界はだんだんとよくなっている。
呪文のように唱えながら、新しい元号を迎えたいと思う。


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