北京五輪フィギュアスケート個人戦 女子シングル感想

お疲れ様です。
試合前の騒動もあって、全体的になんだか不穏な空気が漂っており、男子シングルやアイスダンスのような清々しい大会とはいきませんでした。それでも戦い抜いた選手たちにお疲れ様と言いたいです。
書きたいことはたくさんあるので長くなりそうです。

金メダル Anna Shcherbakova選手

 おめでとうございます!!!!!!SP、FPともに高難度の構成をこの場で両方クリーンに決めきる強さ。今回の五輪はいろいろと雑音も多く、またSPの少し前に靴が壊れたりと決して順風満帆ではなかったと思いますが、そんな様子を本番では一切見せませんでした。
 高難度四回転とメンタルの強さばかりが褒められますが(そしてそれらは確かに本当にすごいですが)なめらかでノーブルな美しいスケーティング、曲の表情を捉えることができる高い表現力も魅力です。尊敬するスケーターは浅田真央さんで、理由が「高難度と美しいスケーティングを融合させたから」でしたが、シェルバコワもそれができるスケーターに成長しています。四回転を跳んでもプログラムの流れが途切れず、いい意味で四回転ばかりが目立ちすぎない滑りをすることができる選手です。Jr時代は『dreamcatcher』や『秋のささやき』(動画は2:45~)など、儚げなプログラムを特に得意としていましたが、Srにあがってからは『Perfume』のような耽美的なプログラムから『Inon Zur medley』(今シーズンSP)のようなかっこいい系の曲まで滑りこなす幅の広さもみせました。時々あてがわれる謎編曲のプログラムすら滑りこなしますし、ノービス?ぐらいの『Sikuriadas』も名作ですよね。
 ジュニア時代から国際大会で活躍し、前年の世界選手権を制し、初出場の五輪金メダル。順風満帆そうに見えるキャリアですが、そうでもないと私は思います。国内大会であるロシア選手権こそ三連覇しているものの、世界ジュニアはトゥルソワ、Sr1年目のGPF,ヨーロッパ選手権はコストルナヤに敗れて2位。前年の世界選手権までは大きな国際大会での金メダルはありませんでした。(なお、ここ数年のロシア選手権はメドベージェワ、ザギトワ、トゥルソワ、コストルナヤ、ワリエワ、トゥクタミシェワを破らないと1位にはなれませんので、国内大会といえどレベル的には世界選手権に匹敵します)そんな彼女が並み居る優勝候補を押しのけて最高の舞台で輝くことができたのは、ひとえに彼女のスケートに対するまじめさや常に自分自身に集中し、冷静でいられる聡明さがあってこそだと思います。思ったようにいかなかったときもあったかもしれないけれど、あせらず、くさらずこつこつとたくさんの練習を積むことができ、どんな状況でも自分に集中する強さを弱冠17歳で身に着けている、とてもすごいことです。彼女からはどんな状況でも頑張り続けることの大切さを学ぶことができました。金メダルおめでとう!これから始まる金メダリストとしての日々をぜひ楽しんでください。記念に、逆転優勝したフリーの公式映像を残しておきます。(NHK | 【ノーカット】金メダル・シェルバコワ(ROC)17歳世界女王の意地 | フィギュアスケート女子シングル フリー | 北京オリンピック - YouTube

銀メダル Alexandra Trusova選手

 銀メダルおめでとうございます!ここにきて全世界であなたにしかできない、四回転四種類5本、すべて着氷させましたね。本当にすごい。女子の四回転時代を切り拓いたトゥルソワが、五輪メダルという形で報われたことをうれしく思います。トゥルソワがいたから今の高難度多回転時代があります。少しだけ振り返らせてください。
 衝撃の2018年世界ジュニア、4Tと4Sを試合で降りて優勝をかっさらいました。翌年の世界ジュニアも制覇し、四回転を持つロシアの超新星として鳴り物入りでシニアデビュー。GPSカナダ大会で四回転をバカスカ決めて当時のフリー歴代最高得点をたたき出すも、その後は予定している四回転がすべて入ることは少なく、同時にシニアデビューしたコストルナヤ・シェルバコワの後塵を拝することも多くなりました。それでもこの構成を諦めず、誰よりもたくさん四回転を跳び続け、常に女子シングルを技術面で引っ張り続けてきました。今シーズンは『Cruella』という最高に自分に合った曲で、四回転を四種類5本組み込んだ超高難度プログラムを滑り続け、五輪で持てる力すべて出し切りました。
 結果を知り、「みんな金メダル持っているのに私は持っていない」と悔し涙を見せた映像は胸が痛みました。誰よりたくさん四回転を跳び、女子シングルのレベルを引き上げた選手。(考えにくいですが)仮にこれから先も大きな大会の金メダルがなかったとしても、すでに女子シングルの歴史に名を刻んだ選手です。五輪の金メダリストはいつかは変わってしまうけれど、時代を変えられる技術力を持つ選手はそうそう現れません。私は真央ちゃんやシェルバコワが好きですが、「史上最高のジャンパーは?」と聞かれたら伊藤みどりさんとトゥルソワの名前を挙げます。たとえ金メダルがなかろうと、それくらい大きな存在にすでになっているのです。
 とはいえ選手をやっている以上、大きな大会の金メダルが欲しいのは当たり前だと思うので、まずは世界選手権!リベンジの機会はまだまだあります。SPで入れられていない3Aも決めて、ぜひ表彰台の真ん中に立ってください。

銅メダル 坂本花織選手

 銅メダルおめでとうございます!まさか今大会、日本勢が女子シングルでメダルを取るとは。上の2人のように四回転は跳ばないけれど、雄大なスケーティングや流れるような質の高いジャンプなど、自分の得意分野を伸ばすことでこの時代でもここまで来れると示してくれました。同じGOEが高いシェルバコワと坂本ですが、シェルバコワが精密機械のような美しさなのに対し、坂本は雄大さ・迫力が魅力です。点数の取り方がさまざまで、いろいろなタイプがいるのがこの競技の良さだと思っているのですが、それを体現してくれました。
 彼女もまた、四回転を持つロシア勢の台頭に焦り、自滅したシーズンがありました。天真爛漫なタイプに見えますが、発言を聞く限り比較的戦略家で、自分の立ち位置を冷静に分析できる選手です。だからこそ多回転を習得しようと焦り、自分の良さを見失うこともありましたが、自分に集中する強さを身に着けて大舞台に帰ってきてくれました。この自分に集中する強さがあったからこそ、今大会のトゥルソワの次という滑走順でも焦らずにノーミスの演技ができたのだと思います。女子シングルの日本人メダルは4人目ですね、おめでとうございます!

4位 Kamila Valieva選手

 お疲れ様でした。シニアデビューの今シーズン、破竹の勢いでしたね。その勢いそのままに五輪でも圧勝し、トーヴィル&ディーン組のように語り継がれる『ボレロ』を踊る姿は容易に想像がついていました。
それがこの結果になったのは、間違いなく団体戦直後に発覚したあのスキャンダラスな事件と、異様に加熱した報道のせいでしょう。SPも首位には立ったものの全体的に精彩を欠き、FP『ボレロ』に至っては今シーズンあれほど安定感のあったジャンプで2度転倒、いつもなら速くなっていく音楽にあわせてスピードが増すステップも元気がなく、最後のポーズも気持ちがこもっていませんでした。
この記事を書いている現在、真相は不明であり、彼女はシロでもクロでもないことは強調しておきます。
 前提として、ドーピングによって競技力を向上させることは絶対にあってはならないことであり、もし仮に彼女やその周りが意図的にやっていたのだとしたら少なくとも資格停止、下手したらスケート界からの永久追放もやむを得ないと思っています。今回、彼女が出場を許可されたのは、若いからだけではなく「まだなぜ陽性がでたのかが明らかになっていないから」です。この「なぜ陽性がでたのか」について、私はいくつかパターンがあると思っています

① 故意に飲んだ(もしくは周りが飲ませた)場合
② 故意ではないが選手の過失により、何らかの拍子に成分が口に入ってしまった場合(所謂『うっかりドーピング』)
③ 偽陽性や製造工程における異物混入(過去に本当にあった)など、選手の過失ですらない場合

どれなのか今だ真相はわかりませんが、今回の最大の問題点は、外部者の大半が少ない情報をもとに①だと決めつけ、面白おかしく拡散したことだと思います。事情を知らない人や、ロシア女子の活躍が内心面白くない人からすれば、「怖いコーチや国が厳しい指導やドーピングでたくさんの若い女の子たちを鍛えて高難度ジャンプを跳ばせ、跳べなくなったら引退させている」というストーリーはしっくりくるうえに都合もいいので、その筋書きに乗っかって正義の名のもとに好き勝手な発信をしている印象でした。ロシアの国家体制やトゥトベリーゼコーチの指導法に全く問題がないとはいいませんが、何も知らないであろう人々が、少ない情報から自分に都合のいいストーリーを編み出していくさまをみて、人は自分に都合のいいものしか信じないのだということを再認識しました。
 「なぜ陽性がでたのか」について、ワリエワ側の主張としては②に分類されますね。(ワリエワ “祖父の薬” 混入の可能性主張 CASが裁定文書公開 | フィギュアスケート | NHKニュース)キスで虫歯がうつることもありますし(菌と薬なので細かいところは違うかもしれませんが)カプセルの薬であってもコーティングがされていなければコップの縁についた唾液経由で体内に入った可能性は(あまり高くはないですが)ゼロではありません。また、「ハイポクセン」と「Lーカルニチン」(どちらも違反薬物ではない)も検出されたとのことで、もしワリエワの祖父がこれらの成分が入った薬を使った経緯があれば、ワリエワはシロに近くなりますし、その証拠が出てこなければクロの可能性が高まります。(ただ、個人的にはこの経緯が正しかったとしても五輪は失格だろうなと思います。故意ではなくても過失ではあるので…)
 真相はわかりませんが、彼女が類まれなフィギュアスケートの才能を持っているのは確かです。深いエッジワークを駆使したスケーティング、長い手足を活かした美しいポージング、大きなジャンプに完璧なスピン。いくら薬で持久力を増やして長く練習しても身につかない人には身につかない、天性のものが彼女にあります。四回転を持たない時代から高い点数を出していたので、仮に持久力を高めなくても、もう少し楽なジャンプ構成でも一定以上のところまでいけたでしょう。けれど、この騒動の真相がはっきりしない限り、彼女の才能すら色眼鏡で見られてしまいます。これからどうなるのかわかりませんが、疑惑を晴らし、もしアウト判定なら禊を済ませた上でできればもう一度リンクで見てみたいです。彼女ほどの能力ならブランクがあっても必ず戻ってくることができると思います。4年後を目指すとなると国内Jr勢のアカチエワ、サモデルキナ、ペトロシアン等とも争わなければなりませんが、彼女のスケーティングスキルや高GOEを獲得できるジャンプ技術を維持・向上できればチャンスはあると思います。

その他 印象に残った選手

 樋口選手はいい意味で大人になったなと思います。元々才能もあり、アスリートとして必要な闘争心も持っていましたが、Jr時代はそれをうまくコントロールすることができず空回りしてしまったりと思うようにいかない場面も見てきました。今は試合後のインタビューも穏やかに受けていて、角が取れて丸くなった印象でした。3A成功おめでとう!
 Alysa Liu選手もSPFPノーミスがみられて嬉しかったです。DG判定とはいえ3A降りる姿を再び見られるとは。正直、チャイコのバイオリン協奏曲のような表現力を必要とする王道クラシックをこのシーズンに彼女が選ぶ必要性はあったのか?とも思いますがニコニコしながら滑っている彼女を見たらどうでもよくなりました。6分間練習が始まるときに氷の上で軽くスキップしていたのが本当にかわいかったです。
 Mariah Bell選手のFP『ハレルヤ』もよかったですね。25歳で全米選手権初優勝で五輪初出場。割と遅咲きの選手ですが、年齢を感じさせない溌溂とした、でも伸びやかな滑りがよかったです。

総括

 現役選手で最も好きな選手が五輪で勝つという、本来ならとても幸せな展開のはずなのに喜びきれない、複雑な気分になる五輪でした。この騒動はケリガン襲撃事件、ソルトレイクシティの不正採点事件並みの汚点でしょう。これらの事件の真相は闇の中ですが、今回はそうあってほしくないので、選手たちのためにも早期の真相究明が行われてほしいです。
 とはいえ、選手の皆さんには後ろ暗いことがないなら堂々としていてほしいし、とくにシェルバコワは、その美しくノーブルな滑りで、真央ちゃん引退後に私が女子シングルをもう一度しっかり観るきっかけをもたらしてくれた選手です。彼女のたゆまぬ努力が誰にでもわかる結果として結実したことを本当に嬉しく思います。


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