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こじらせ剣士S「見た目はだいじ」

道場に新人がやってきた。
まったくの未経験であれば、はじめはジャージに帯を巻いて木刀という奇妙な姿を覚悟しなければならないが、Sは道着に模擬刀を佩いていた。始めてほどなく住居を移したために、こちらへ来てみたようだ。

ネット上には様々な流派の剣術について、たくさんの情報があふれている。コトバではなく実際の映像で技を拝見できる良い時代になった。そこに登場する剣士はほとんどの場合、稽古着というか和装であるのは雰囲気が良いから。という理由もあるかもしれないが、刀を腰に差すときに帯と袴紐を使って鞘を落ち着かせなければならないからである。

で、Sであるが鞘を斜めに下げた「落とし差し」になっている。見ていないから本当のところは分からないけれど、刀は水平近くに差すのが古より武人の嗜みであったそうだ。ホームポジションに柄があるからこそ、どんな状況でも刀は同じように手を掛けると私は教わった。たとえ上方に抜き上げる必要があったとしても落とし差しでよいことはなく、手掛けはいつも同じである。

「なんかキビシイ・・・」
Sに長々と講釈を垂れるのは逆効果である気がした私は、説明を省いて刀の差し方を示した。Sは誰に対して何を言おうとしているのか判然としない話しかたをする。独り言と割り切り返事はしなかった。

春だ。

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