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クライストチャーチで銃撃テロ事件勃発

私の家の目と鼻の先で起きた事件だった。

その日、私は朝にスタンバイから呼ばれて、北島方面に一便だけやってあとはホテルに直行という、楽なスケジュールだった。ホテルに入ったのが午後1時過ぎ。少しすると妻から連絡があった。

「クライストチャーチで銃撃事件が発生したらしい」

ホテルの部屋のテレビで1チャンネルをつけると、家の近所の見慣れた街並みが映った。いつもと違うのは、救急車がひっきりなしに道を行き交い、マシンガンで武装した警官がパトカーのドア越しから警戒していることだった。

「銃撃事件」と最初に妻から聞いたときは、まさか、とも思ったが、同時に、実はNZ国内では一般人が簡単に銃を持てる、ということを知っていたので、変な野郎が猟銃を持ち出して誰か人を撃ったんだ、と思った。だが、ニュースを聞いているうちに、金曜の礼拝が行われているモスクで、セミ・オートマティックの銃による犯行だとわかり、これはマスシューティング、それも人を殺すための銃である自動小銃での犯行だとわかった。警察がなかなか犠牲者の数を発表しないので、犠牲者が相当数に上ることも予想出来て、暗澹たる気持ちになった。

「1NEWS」と呼ばれるNZの筆頭ニュース番組の看板アナウンサーがひっきりなしに情報を伝える。セキュリティの専門家や、クライストチャーチの市長、現場のレポーターにインタビューしまくるのだが、誰も確実なことはわからなかった。わかっているのは、町の中心部にある大きな緑地公園を挟んで東西に位置する2か所のモスクで、自動小銃を使った無差別銃撃事件が発生し、相当数の死傷者が出ているということだけだった。情報が錯綜していて、犯人は逮捕されたのか、複数犯なのか、犠牲者は何人出ているのか、確たる情報は事件発生から数時間にわたって伏せられた。

私は、クライストチャーチから遠く離れた北島の町にいたが、妻の仕事場はクライストチャーチだった。最も心配だったのは、犯行が複数犯によるものか否かがわからなかったことで、武装した犯人が、依然逃走中の可能性があったのだ。妻と連絡を取り、事態の推移を注視しながら、今後数時間は会社の建物の外に出ないようにと伝えた。

犯人のひとりがある高校の門前で逮捕されたという情報が入った。その高校は、自宅から徒歩圏内だった。自動小銃を持った犯人がそんなところまで来ていたということに、戦慄した。

後になって分かったが、この人物は実は犯人ではなく、誤認逮捕だったようだ。犯人は迷彩服を着た男だ、という情報があったので、高校前で迷彩服をきてうろうろしていた男性が逮捕されてしまった。本人は驚いて、否定しただろうが、その時の状況から警察官もとりあえず逮捕しないわけにはいかなかっただろう。

その後も、断片的な情報がどんどん入ってくる。4人が拘束されて、一人は女だとか、クライストチャーチ中の、幼稚園から大学に至るまで、すべての学校が「ロックダウン」されたとか、動画サイトに犯行の動画が生中継されたといったことだった。

学校のロックダウンというのは、このような非常事態が発生したときに自動的に取られる措置で、幼稚園から大学に至るまで、別命あるまで窓とドアを亀のように締め切って、理由を問わず、絶対に中に入れない状態になる。迎えに来た親であっても、入れない。親としては歯がゆい思いがするかもしれないが、考えてみれば、そうすることが最も安全だ。学校だけではない、テレビのアナウンサーは、繰り返し「建物の中に入ってくれ」という警察の要請を伝えていた。事件直後、短時間で犯人が逮捕されたのは、こうしてすぐに町から人がいなくなったことも役に立ったはずだ。

やがて、どうやらこいつらしいぞ、という情報がソーシャルメディアにたくさん出てきた、その中に、犯人が犯行の様子を動画で投稿したらしい、というコメントがあって、そのコメントには、リンクが張ってあった。まさか、と思ってそのリンクをクリックすると、埋め込みの動画が始まり、まるで、なにかの呪詛のような白い文字で躯体を埋め尽くした銃が4丁、車のトランクに入れられ、T字路のようになったところに車を止めた犯人が、銃を持ち出し、それを構えておもむろにある建物の入り口に近づく様子が映っていた。銃を装填するところまできて、やばいと思った。見るわけにはいかない、とあわてて画面を停止し、携帯の画面を落として、傍らに置いた。その建物の入り口は、さっきから1NEWSの画面に繰り返し映し出されている、モスクのものだった。なんてことだ。人間を銃で殺す映像が、こんなに簡単にアクセスできてしまうのか。

ほどなくして、首相のジャシンダ・アーダーンの最初の会見が始まった。

「NZの歴史で、最も暗い日の一つとなった」という文言で始まった会見では、彼女の、プライム・ミニスターとしてのプオリティがハッキリしているものだった。国民を絶対に分断させない、という決意と意思に満ちたもので、正しいと感じた。「テロとの戦い」などと武張ったことを言わず、「『彼ら』は、『私たち』です」という言葉で被害者に寄り添い、世論が、マイノリティの存在自体に犯行の動機を認める方向に絶対に向かないようにした。当初は、会見で首相が被害者数や、逮捕者の正確で具体底な情報が出てくると思っていたが、そういった情報はむしろ少なかった。どちらかと言えば、今まで出ていた断片的な情報を追認するようなものであった。また、追認するものと現時点ではできないものを明確に切り分けて、捜査状況に関する情報についてはすべて、警察の発表に一任し、首相の情報も警察から出ていると明言していた。

情報ソースが、警察のトップによる会見に一元化されていたこと。首相が、レイシズムに基づく国民の分断を断固拒否する、と最初に言ったこと。市民がすぐに建物の中に避難したこと、が効を奏し、国民には正確な情報が記者会見ごとに手に入り、世論を一つにまとめ、素早い犯人逮捕につながった。

許しがたい悲劇だが、ニュージーランド政府、警察、クライストチャーチ市、また国民全体の連携によるダメージコントロールは見事なものだった。

この国に、ヘイトクライムは似合わない。

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