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【小説】メロン味の縁

メロン味の縁
                   日隈傘
6限の授業の終わりを告げるチャイムが鳴り生徒たち各々が部活動やアルバイトへと向かっていく、そんな中で俺はただ一人教室に残り本を読んでいた。
「センパーイ、今日も一緒にかえりませんか?」
 そう言って二年生の教室に顔を出してきたのは俺の知る女子の後輩であった。
 彼女は夏服セーラーに身を包む黒髪ロングでやや童顔の元気な娘だ。明らかに陽気な雰囲気を持つ彼女だが俺はなぜか俺は彼女になつかれている。陰キャな俺と何か接点があったかと言われれば思い当たる節はない。だが、小さな共通点を上げるとすれば、それは同じメーカーの棒付き飴を好んで食べるということぐらいだろうか。いや、共通点とさえ言えないだろう。
 彼女と俺は学校の文芸部で知り合った。初対面時はお互いに気まずくおどおどとしていたが、話してみると意外に気さくで話しやすかったのだ。
「わざわざ帰りの誘いのために二年教室に来るなんてご苦労様。」
「先輩は迎えに来ないといつまでたっても出てこないからこうして来てあげてるんじゃないですか!」
 ほかの学校はどうなのかは知らないがうちの学校は三階から生徒の教室で一年は三階、二年は四階、三年は五階と年を重ねるごとに階段を上るのがつらくなるというアンチ年功序列な構造の校舎だ。そのため後輩はきっと俺を誘うために四階まで登ってきたのだろう。
「さあ、その持っている本から手を放してください。早くしないと虫になっちゃいますよ。」
 カフカの変身だろうか、それとも彼女はきっと本の虫になるとでも言いたいのだろうか。
だとしたら俺は手遅れだろうに、小学生になる前からもうすでに本の虫だ。
「誰が好き好んで学校にこもるかよ。三十分もすれば出ていくのに。」
「こんなか弱い女の子を三十分も玄関で待たせるつもりだったんですか!」
「か弱いって、それ自分で言うことか?」
「いいからさっさと帰りますよ。」
「せめて後五分の二乗待ってくれ。」
「二十五分じゃないですか!」
 俺が約三十分も空の教室で本を読むのには理由がある。都会だったら数分おきに電車が来ると聞いたことがあるがここみたいな田舎じゃ一時間に一本多くても二本だ。だからその時間調節のために本を読んでいるのだ。「駅で本を読めばいいでしょ?」と後輩に言われたことがあったがそれは嫌なのだ。駅は座る場所がないし電車待ちの学生たちはうるさくて本に集中できたものじゃない。
「あっ、」
 俺の読んでいた本が突然視界から消える。正しくは後輩が俺の読んでいた本を取り上げたのだ。
「分かった。帰るから本を返してくれ。まだしおりを挟んでない。」
「えへへ、帰りましょっか先輩。」
 天照のような笑顔を浮かべて笑う後輩を見て思う。後輩には笑顔が似合うなと。
 そんなことを思いつつ俺は帰宅の準備をするのだった。

 ―駅への道にて―
 俺たちは川沿いの道を通り駅へと向かっていた。
後輩が川の堤防の上を平均台かのように両手を広げ歩き、俺がその隣の道を歩いていく。彼女は意外にもおてんばなところがある。
 彼女は一体いつ取り出したのか口に棒付き飴を咥えていた。
 いつもと同じならばきっと食べているメロン味のだろう。
「後輩ってホントにその飴好きだよな。」
「しぇんぱいもたべまひゅ?」
 口にくわえている飴のせいで言葉がよく発音できていない。
「ああ、くれるのなら。」
 俺がそう答えると後輩は肩にかけたスクールバッグに手を入れてガサゴソと漁る。
 女子のカバンの中って男子が思っている以上に散乱しているのだろうか。だとしたらなんか少し残念だな。きっと漁っているのが清楚系な女の子なのがまたその残念さを増幅させているのだろう。
「はい、どうぞ。」
 そう言って彼女が出したのは見慣れた紙に包まれた棒付き飴だ。俺は礼を言って包み紙をとると鮮やかな紫色の丸い飴。
 それを口に入れると気分が落ち着くグレープの甘みが口の中に広がった。
「そういえば話戻すけど後輩はなんでその飴すきなんだ?」
「好きに理由が必要ですか?」
「別に必要じゃないけど、後輩はいつもメロン味の飴食べてるから気になってさ。」
 俺がそういうと後輩は少しうれしそうに頬を赤らめる。
 これは一体どういう反応なのか考えていると彼女の方から答えが返ってきた。
「小さいころ、私にやさしくしてくれた人が私にくれたものが私が食べているのと同じものだったんです。」
「メロン味のロリポップキャンディーか。」
 幼いころからそんな経験をして憧れているのか、女子って結構マセているんだな。
「私がこれを食べていたらいつかその時の人に会えそうな気がして…それに、これをなめているととても落ち着くんです。」
「そんな訳があったのか、その人とはそれ以来会ってないのか?」
「私がすぐに引っ越してしまったのでそれ以来…」
「後輩はどこに住んでいたんだ?」
 今思えば、自分のことは結構しゃべった記憶があるのに後輩のことを聞いたのは少なかった気がする。
「壇の内って場所分かりますか?」
「知ってるも何も俺そこに住んでるし。」
 俺は後輩は小さく「やっぱり」とつぶやいたようだった。
 一体何がやっぱりなのだろうか。
「先輩、少し長くなりますけど私の思い出話に付き合ってもらっていいですか?」
「構わないぞ、読書できなかった分時間余ってるしな。」
「それまだ根に持ってたんですか。」
「いいところだったしな。で、その思い出話ってのは?」
 後輩は堤防に腰掛け話を始める。

 ―後輩の思い出―
 私は小さい頃すごく寂しがりやだった。あの人との出会いは壇の内の公園で両親が私のもとを離れていた時だった。
 私は彼に初めて会った日のことを今でも鮮明に覚えている。それは私が小学生に上がって間もないときのことだった。
 私は両親が近くにいないことに不安になり公園で泣いていた。
「ねえ、君大丈夫?」
 声をかけてきたのは私と同じぐらいの年の男の子だった。彼は年の割に落ち着いていて入学したての学校のほかの子たちと比べて大人びていた。
 彼は私の隣に座ると事情を聴き、私が落ち着くとポケットから飴を取り出しそれを私にくれたのです。
 私は受け取った飴の包み紙をとり、それをポケットにしまい飴を食べた。
「おいしい。」
 彼のくれた飴の甘さが不安をやわらげ安心させてくれた。
「でしょ、僕もそれ好きなんだ。」
 彼は優しく微笑みながら私にそういった。私は今でもその言葉を覚えている。
 泣き止んだ私は彼とたくさんお話をした。彼は本を読むのが好きなこと、静かなところが好きなこと。ただ一つ聞き忘れた彼の名前。それをこれまで何度も後悔した。
「また、遊んでくれる?」
「うん、また今度あそぼうね。」
 最後にそんな子供らしい約束を交わし彼と別れた。
 結局私は引っ越してしまったのでその約束を果たすことはできなかった。
 今思えば、私は幼いながらに恋をしていたのかもしれない。

 ―駅への帰宅路―
「なるほどな、その人と会えるといいな。」
 聞いた子供の特徴が自分と完全に一致しているしそんな記憶がなくもない。
「大丈夫ですよ。もう私は会えていますから。」
 目の前、俺は彼女の目線の先を見る。
 国道じゃないよな。ってなんでこんなラノベの鈍感主人公みたいなことしてるんだ。
「先輩のことですよ。」
 やっぱりか、うぬぼれたくもないが鈍感にもなれない。
「俺はそんな小説の主人公みたいなことはしていないよ。」
「でも確かにあなたはあの場にいました。あなたを見たとき確かに面影を感じました。」
 彼女はポケットに手を入れ飴の包み紙を取り出す。だがその包み紙は古びておりデザインが昔のものであることからいま彼女が加えている飴の包み紙でないことがうかがえる。
 後輩はその包み紙を大切そうに持ったまま言葉を重ねる。
「先輩が覚えていなくても私は覚えています。ずっとずっと。」
 確かに後輩の言っていることは正しいし、それならば今までの俺への執着しているかのような行動も納得ができる。
「私は、私は、先輩のことが…」
 こういう時どうしたらいいのだろうか恋愛経験が皆無に等しいためよくわからない。
 彼女は俺のことを好きでいてくれている。ならば、俺はその気持ちにこたえるというのがきっと正しいのだろう。
 それに、女子からあんなにアピールされた上に告白されるのはクレバーじゃない。
「後輩、俺でよければ付き合ってください!」
 告白の作法なんて知らないので右手を差し出し頭を下げる。
「先輩のそういうところ、大好きです。」
 俺の手を両手で包み込むように握り、泣きそうな声で返事をしてくれる。
「泣くなよ、後輩には笑顔の方がずっと似合うんだから。」

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