愛ゆえに②

 満月の夜。小宮静矢はいよいよ追い詰められていた。

 そこは入り口がひとつしかなく、牢獄かと思えるような暗い、地下駐輪場。もはや逃げ場はない。

 盗んだバイクで走り逃げることができるならば、この場所を選んだ自分を褒め称えたいところだったが、あいにくとキーがささったままのバイクなど見つかるはずもなかった。

 駐輪場には管理する人も帰ってしまっていて、完全な沈黙がまた恐ろしかった。一歩、一歩、近づいてくる足音が聞こえてきた。

「…………っ!」

 息を潜めてもやり過ごすことはできないだろう。静寂な駐輪場で、自分の心臓が鳴る動悸の音が耳を支配する。
 通行人に見られたとしても、防犯カメラに映っていたとしても、罪の意識がない彼女にはおかまいなしだ。

 仮に、静矢を追いかけているのが、刃物を持った殺気だった男ならば警察の出番だ。
 だが、相手が小柄の女の子では、通報した際に職務質問されるのはむしろ静矢の方だろう。

「静矢さん、こんな所で何するんですか?帰り道じゃないですよね?」

 バイクの影に隠れているところを、上から少女が覗き込み、声をかけてきた。

「……家までついてこようとする女の子から逃げていたらつい変な道へ出ちゃったんだ」
「そうなんですか?でも、気のせいですよ。静矢さんの後を恋心抱いて追う女の子なんかがいたら、私がすぐに気づいて始末しますから♪」

 鏡を彼女に向けて「お前だよ」と言ってやろうかと思ったが、腰に見える大きめのナイフが怖いので黙ることにした。

「君、こそ……どうしてこんなところに?」
「静矢さんが怪我しないでちゃんと家に帰れるかなぁ、とか、他の女の子に声をかけられないかなぁ、とか心配で心配で仕方がないからボディガードしていました☆」
「は、はぁ……」

 苦虫を噛み潰したような露骨に嫌そうな顔をしても、まったく気にしていないように話を続ける。

「なんでこんなに静矢さんのことを心配しているかと言うとですね、私は静矢さんの恋人だからです!前世から赤い糸で結ばれているんですよ。静矢さんはまだ記憶が戻っていないでしょうけど。先週、静矢さんの声を聞いた瞬間にわかりました。ピンときちゃったんです。私の前世からの王子様なんだって。気づいてからは、他の男の子なんて全然興味もてなくて。静矢さんと出会ってから今日まで三人に告白されたんですが、全員断っちゃいました」

 誰だか知らないが、告白するくらい勇気があるなら、あっさりと諦めずにもっとこのストーカーにアタックしてくれ、と思う。

 そうなれば、こんな所で脅えずに済んだものを。

 確かに、顔だけ見れば美人だろう。下手なアイドルより可愛い。
学校での印象は真面目で優等生タイプ。教師からのうけもいいというイメージだが、性格は正直、病みすぎだ。まさか、学校を一歩出るとここまで壊れているとは。誰も思わないだろう。

「静矢さん、大好きです!きゃっ、言っちゃった。私のこと好きですか?嫌いですか?今はまだ、つきあってくれとは言いません。でも、側にいさせてください。記憶が戻れば私のこと好きになってくれるだろうし。友達でもいいんです。今まで勇気がだせなくて言えなかったんですけど、友達の里奈が<<空想病>>で失踪しちゃって……。私もうつされちゃったかもしれないと思ったら、一刻も早く静矢さんにこの気持ちを伝えたくて……。<<空想病>>って聞いた事ないですか?この病気にかかったら疾走しちゃうって、女子の間では有名なんです!もし、私が消えても、貴方の心に残る一番の人になりたくて。もちろん、私は静矢さんが一番ですよ。だから、お願いです。 好きって言ってく ださい!」

 ぐわっ!
 話しているうちに興奮してきたのか、腰のナイフを抜きやがった。この女。
しかも、「つきあってくれと言わない」とか言っておきながら、「好きって言え」って矛盾してないか。

 きっと頭の中はあっちの世界にいる住人か、へんなクスリでもやってる感じだ。

「どうしたんですか?声が出ないんですか?風邪ですか?それとも、私を異常者だと思って脅えてますか?迷惑かけてますか?死んだ方がいいですか?」
静矢が話す隙を与えないほど一方的に話をして、独りで理解したかのように

 自分の喉元にナイフの先を向ける。

「わわっ!危ないからっ!」

 あわてて、大声を出して止める。

「よかった。静矢さんの声が聞けた……」

 安堵のため息をついたのは、止めてもらった事よりも、声が聞けたことに対してだろう。まるで、それが自分の命より大事であるかのようだった。
 興奮で顔を赤らめているのか、彼女の表情が妙に色っぽい。
 それを見て、ふと、静矢はここまで自分を必要としてくれる人がいただろうか。と自分に問いかけた。 

 少し考え、何かを決意したように名前も知らない少女に声をかけた。
「……さっきの話だけど、条件次第では君の気持ちに応えられるように努力しようと思うんだけど、どうだろうか?」
「条件ですか?」
「うん。まずは……俺に内緒で後をつけるのは止めてね。誘われれば、できるだけ一緒に帰るし、遊びにも付き合うから。それから、知らない女の子と話をしただけで怒らないこと。できるだけ暴走はしないで、僕の意思を優先して欲しい。ああ、あと、ナイフとかも持ち歩くのは禁止」
「そうしたらつきあってくれるんですねっ」

 嬉しそうに静矢の顔を覗き込む。

「そうだな。まずは友達からということで、何ヶ月か様子を見つつ……駄目ですね。はい」

 ナイフをちらつかせての無言のプレッシャーに負ける。
(……はやまったかな……)

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