小学生の落語家①

 一歩間違えれば、受付のお姉さんに警察を呼ばれかねない程、風音にへばりついていた祖父・涼宮一郎を引き剥がし、ようやく落語会場へと辿り着いた四人。


「いやぁ、恥ずかしい所を見せてしまった。めんぼくない」


 ぽりぽりと頭をかきながら、一郎が会場を見渡す。予想以上に早くつきすぎてしまったせいか、三百人は入れる会場に設置されたステンレス製の簡易椅子に一番のりだった。


 腕時計をちらりと見ると、口演が始まるまで三十分は待ちそうだ。椅子によりかかりながら「私たち、疲れきってます」といった態度で、館内の 冷房で涼んで落ち着いている孫たちに目を向ける。


 ただでさえ、炎天下の中で自分たちのために一時間も付き合って待っていたのだ。
 まだ退屈な時間がまだ一時間も続くとなれば、風音はともかく、じっとできない梓には苦痛だろう。
 子供のような癇癪は起こさないだろうが、最悪、風音を連れて帰ってしまうかもしれない。

「……そうじゃ」

 帰りに風音とあんみつを食べて帰るのを楽しみにしていた一郎は、ふと、名案が浮かんだ。

「まだ落語が始まるまで時間があるから、ちょっとそこいらを歩いてみんか?」
「えーっ。あとどれくらいで始まるの? ってか、落語って堅苦しいイメージあるんだけど。私たちは興味ないし、帰ってもいい?」
「なに言うとる。いい機会だから一度は見ていきなさい。落語ほど物語を表現することに進化した文化はないんじゃぞ。これも勉強じゃ」
「よくわからないんですけどー」

 梓がふてくされた顔をする。

「まぁまぁ、興味のないもんを無理やり勧められてもなかなか受け入れられんて。でも、今回は古臭いだけの落語じゃないんじゃなくて、むしろ、アズちゃんや風音たちの世代に認められるように今回の口演が開かれたんじゃ」
「私たちに?」
「そう。お前たちくらいの子供たちにもわかりやすいように話を作られているって言ってたから連れてきたんじゃ。ふたりも、将来どんな仕事につくかまだ決められんと思うが、若いうちから仕事については色々と知っておいた方がいいぞい。人生は長いようで短い」

 社会のレールを歩んできただけの一郎は、四十歳の時にリストラにあい、それからというもの右往左往しながらも、家族を養うために必死に生きてきた。そんな彼の言葉だから、それは少しばかり重く感じられた。

「まぁ、そんなわけだから。今から、楽屋に行って落語を語る人を見てこようじゃないか」

 彼はなんと、出演者を生でみてこようと言うのだ。

「おいおい。いれてくれるわけないだろう」
「大丈夫、大丈夫。スナップみたいなジャニさんとは違って、遠くから見るくらいは許してくれるじゃろうて」

 笑いながら、適当な口調で言う。

「……もう、しょうがないなー」

 一郎は性根が適当だからしょうがない。
 だが、この適当さは悪い所だけじゃない。
 近所で野球をしている少年たちがかっとばしたボールが庭に入っても、窓を割っても、へらへらで笑って許してくれるほどだ。「元気があってよろしい!」と言える人間はなかなかいない。

 適当に生きていけるというのは、心に余裕があるということ。風音はそんな祖父の笑顔が好きだった。

「いいよ。私はとりあえず行くけど、アズちゃんはどうする?ここで待ってる?」
「ジュース買ってくれるなら行く」

 ベロを出して体温調節していた梓が椅子の背もたれによりかかると、大きく伸びをして昭雄の方を向いておねだりをする。

「はいはい。買ってやるから」
「じゃあ、行く。でも、椅子確保してなくて平気? せっかく一番前とれたのに」
「荷物とか帽子とか、パンフレット置いておけば大丈夫じゃろ」

そう言って、膝に抱えていた小さい鞄を椅子に置いて(もちろん貴重品は持っていく)、出入口へと歩き出した。
 重い扉を開けて、ホールに設置されているエスカレーターをおりると、玄関ではお姉さんたちが今日の口演のパンフレットを来場者たちに配っていた。
 ちらりと目をやると、意外と梓や風音と同い年くらいの子供も多くて驚いた。
 退屈で眠るならともかく、会場で泣き叫ばれたらどう対処するのだろうか。
 風音は場が荒れる所を想像してしまい、ちょっとだけ嫌な予感がした。

「おーい。どうしたー?」
「ううん。なんでもない~」

 一郎に呼ばれて、風音はあわてて考えるの止めて、祖父の元へと駆け寄った。

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峰岸ゆう

楽しい落語の話し方

創作落語。 女子中学生2人が、落語の世界に飛び込む。 プロの世界で鍛えられた落語サラブレッドの小学生に創作落語で挑む。 ちょっと恋愛もあるよ。
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