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【レビューエッセイ】夏はずっと寒かった。

  夏が嫌いだ。

  夏休みと言っても、特に思い出はない。高校生だった僕にとって、それが意味するのは、何もしない24時間を30回程度ただ繰り返すといった比較的無機質なものであった。

  ただ、毎年蝉の声が聞こえるようになると、6つ歳の離れた弟とほぼ二人だけで暮らしていた家の中で、その夏の暑さから逃れようと身体に流し込んだ水がバカみたいに冷たかったのを思い出しはする。

  だから、夏のことをヤケにセンチメンタルに歌う曲が耳に入ってきたとしても、それと重ね合わせる実体験そのものがない。その製作者がその曲に込めた意図などを、僕の残りの人生の中ではずっと分かることはないのだと思う。祖母の家で冷たい食べたスイカの味など思い出せる訳がないし、ましてやタネを飛ばし合ったことなどもない。夏祭りなどというよもや暑さによって頭がイカれてしまったと言える人たちのカルト的集会のフィナーレとして、花火がパッと光って咲く様などまじまじと見たことはない。(見ようとも思わない、という表現がより正確ではあるが)そして、浴衣などといった、その情緒性のみを理由に、形骸化しつつもこの21世紀まで生き永らえた非合理的極まりない衣服(というよりか大きな布)に、せいぜい4つくらいしか感情を持ち得ることのできなかったのにもかかわらずそれを「多感」と果敢にも(時に愚かそのものではあるが)主張する16歳から18歳の三年間の象徴を任せたこともない。

  つまり、僕の夏には何もない。それが理由で、夏が嫌いだ。僕自身の空っぽさに強制的に向き合わされる。僕の夏は、快晴などとは真逆の陰鬱とした雰囲気のみに満たされている。

  質量保存の法則といった、自然科学のあらゆる分野で用いられる法則がある。端的に言えば、水が氷になっても、また蒸気になってもその総質量は変わらない、といった具合だ。核反応を除けば、森羅万象の物理法則として、この質量保存の法則が成り立っている。

  僕のその夏にも、悲しいかなその法則が働いてしまっていることにここ最近気づいてしまった。僕のような存在と真逆の存在;点対称的な存在の人たちの夏を支える、というところに僕の夏の存在意義が与えられている。つまり、僕の陰鬱とした夏なしでは、この世には冷たいスイカから代々受け継がれるスイカの木は生を授からないし、花火もパッと光って咲くこともなければ、浴衣は当の古来に消滅している。

  質量保存の法則により、僕の陰鬱とした夏がなぜそこに存在してしまったのか、そしてなぜ僕が背負い続ければいけないのかといった二つの問題にその解がいとも簡単に与えられてしまった。僕が夏に抱いているマイナスな感情は、そのマイナス分どこかの誰かにプラス分の感情として付与された訳だ。やはり、地球は一個の生命体であり全体としてバランスを取ることを重んじているのだろう。僕のマイナスは、どこかの誰かのプラスで相殺だ。

  通勤中の車でこのことに気づいたわけだが、ただただ「納得いかねえな」としか思わなかった。

  最近、ある女の子に出会った。その子は完全に僕とは点対称に存在しており、出会った当初は、嘘であるが、この女の夏(だけでなく全て)の存在のために僕の夏(だけでなく全て)は存在したのかと殺意を覚えた。調和を図るための邂逅としか思えなかった。

  ただ、信じられなかったが、確かに彼女は真逆かつ点対称的に存在するのだが、彼女がプラスであり、僕がマイナスであるところ以外は見事に一致しているように思える。趣味嗜好、生活サイクル、妙なクセまでが見事に一致してしまった。これに何の理由があるのかを必死に考えた。おそらく今の時点では、森羅万象のその存在の理由を二次元的バランスでしか考えておらず、三次元空間のバランスの中で調和を図りなが存在しているというごく当たり前の可能性を考慮しなかったのが全てのミスリードの始まりだとは思っている。もうそこから先は何も考えてはない。

  とにかく二次元的存在バランスの視点から捉えると真逆;点対称な存在としか説明の出来なかった二人の人生は、どういうわけか交わり始めた。全く論理的でない話であるが、事実この一個体の生命体である地球の中でそうなったのだから仕方がない。仮説(妄想であることは知っているが)は崩れてしまった。三次元的存在バランスの可能性を考えながら、どうにかこうにかこの事象に説明を付けて行かなければ納得がいかないとは思う。

  ただ、もし叶うのであれば、来年の夏から、蝉の声を聞いたら、ただ一人だけで暮らしているこの家の中で、その寂しさから逃れようとその身体に流し込んでいるストロングゼロがヤケに生温いのを思い出したいとは思う。

  そして、可能性はゼロに近いとは知ってるが、人生で迎えるであろういつか夏の中で、何かから逃げるのではなく、その時を楽しむためだけにその身体に流し込む熱燗が夏の暑さに増して馬鹿みたいに熱いのを経験出来たらとは思う。

  と、酩酊した状態で希望を久しぶりに書いてみた。

  また、明日から現実が始まる。


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