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ほんの一瞬のタイムスリップ

わけもなく胸がザワザワすることはありませんか。

たとえばこんなふうです。

デーパートで見たお菓子が、母がよく作ってくれていたものに似ていて、もう二度と母の手作りのお菓子を味わうことができない事実に今さらながらに気づく。

デーパートのBGMに、こどもの頃によく聴いていたリチャード・クレイダーマンが流れてきて、いかに自分が両親に守られ大切に育てられてきたのかを実感する。

どこからともなく漂ってきた焼き菓子の香が、平和な家庭を彷彿とさせ、その空気に飛び込みたくなる。

クラシック音楽が流れてくると、家族で毎週日曜日の午後三時にコーヒータイムを持って談笑していたことを思い出し胸が締め付けられる感覚を覚える。

共通点は、どれもこれも突然で、その時の行動を即座に止めてしまうほどの強さを持った感情だということです。

どうして今さらと思います。

父が亡くなってもう十二年、母が亡くなって三年。

当初の輪郭がはっきりした突き刺さるような悲しみは波が引くように遠くに去って行きました。

でも、波は引いたままではないのですね。
寄せては返すのが波の性質。

感情の波というのもまた、同じ性質をもっているのだと理解し受け入れることができれば、いくらかその波を乗りこなしやすくなりそうです。

それに、実はつらいばかりでもないのです。

甘やかな香に足が向くとき。
懐かしい音色にたゆたうとき。

それは紛れもなく、暖かく懐かしく幸せな記憶に、浸れているときなのです。

ほんの一瞬のタイムスリップです。


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