安藤優

都内在住の会社員。大体三十歳くらい。

安藤優

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マガジン

  • サージェント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド

    ビートルズの名盤『サージェント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド』の楽曲を元にした小説を投稿していきます。連作短編形式。

最近の記事

06. ミスター③(Being For The Benefit Of Mr.Kite!)

一週間後、サツキと再会出来たのは偶然だった。 学内を探しても姿が見つからず、ダメで元々と、金曜日の終電過ぎの同じ時間、サツキと出会ったバーまで足を運んだのだ。 「久しぶり」 「ずいぶん探したよ。本当に同じ大学?」 「探し方が足りないんじゃない? まあ、わたしがあまり行っていないというのもあるけれど」 「今日はどうしてここに?」 「自分を探しに」 「落ちているかな」 「さあねえ」 サツキはグラスを傾けた。頬を隠す髪がずれ、輪郭が露わになる。見れば見るほど弥生に

    • 06. ミスター②(Being For The Benefit Of Mr.Kite!)

      金曜日の夜、いつもと同じように街へ出た。渋谷の繁華街は冬の吐息で賑わっている。 孝太郎は、自分だけがぽつんと一人取り残されているような疎外感を覚えないわけにはいかなかった。 そんな後ろ向きの心が伝染したのか、声を掛ける女性全てに冷たくあしらわれ、気づけば終電の時間を過ぎていた。  いまだ人の行き来する街を見つめながら、孝太郎は小さくため息をついた。月に一度くらい、こういう日はあるものだ。何をするにも、うまくいかない日。こんな日はさっさと家に帰ってしまうに限る。寝て起きれ

      • 06. ミスター①(Being For The Benefit Of Mr.Kite!)

        きっかけは些細なものだった。 夕方街を歩いているとき、前の女性が鞄についたキーホルダーを落とし、孝太郎が拾った。それがたまたま孝太郎もよく知るアニメのキャラクターだったので、話は盛り上がり、ちょいと少しお酒でも。そのまま居酒屋へ流れ込み、気づけばホテルの一室で相手の女性が寝息を立てていた。 罪悪感と後味の悪さを覚えながら、孝太郎はひとり部屋をあとにしたが、一週間後、別の女性相手に同じ行為を繰り返していた。きっと麻薬もこんな感じなのだろう。一度手を出せば、あとはずるずるどこ

        • 05. 家出娘③(She's Leaving Home)

          その夏わたしは、夏休みとしては初めて実家に帰った。帰省するのは年に一度、正月のみ。大学入学以来、母に文句を言われながらも、その方針を貫いてきたのだ。家にはなるべく近寄りたくなかった。距離を置いていたかった。 その夏わたしが実家へ帰った理由。 それは、父が事故に遭ったためだった。 母から「父が車に轢かれた」と連絡があり、青ざめ故郷へ駆けつけたのだが、真相を聞いてみれば何のことはない、出合い頭にスクーターにぶつかられただけのことで、ケガも軽い骨折程度のものだった。 一応精

        06. ミスター③(Being For The Benefit Of Mr.Kite!)

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        • サージェント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド
          13本

        記事

          05. 家出娘②(She's Leaving Home)

          出だしはおおむね順調だった、ような気がする。 ゆるゆると授業に出るうち、ナツヒコ君という男の子と仲良くなり、最初の夏休みにお付き合いが始まった。GHQと称し、お互いサークルには入っていなかったので、スキマ時間さえ見つけては学食に入り浸った。家からは十分すぎるほどの仕送りがあったのでお金の心配はなかったが、少しでも自立したかったのかもしれない。お洒落なカフェで週に三回アルバイトをしてもみた。 門限を気にする必要がなければ、いちいち誰かに行き先を告げる必要もない。好きな時に、

          05. 家出娘②(She's Leaving Home)

          05. 家出娘①(She's Leaving Home)

          ママにはもう、ほとほとうんざりせいせいだ。 口を開けば勉強、勉強。やたらしつけに厳しくて、門限なんか夕方十八時。以降の外出は固く禁じられているし、そもそもそれ以前の外出だって不自由だ。いちいち行き先を告げなくちゃいけなくて、暇さえあれば「送り迎え」と称して外までついてくる。わたしが変な子と付き合っていないか、チェックをするためだ。 でも大丈夫。 わたしは真っ直ぐすくすく育ったから。悪い友達どころか、普通の友達だってろくにいない。塾にピアノにお習字水泳。暇さえあれば勉強ば

          05. 家出娘①(She's Leaving Home)

          04. 穴を埋める (Fixing a Hole)

          秋彦が大学の構内をとぼとぼ歩いていると、背後から声を掛ける者があった。 「元気ないね」孝太郎だ。「ひょっとして、彼女にでも振られた? あるいは面接に落ちたとか」 「正解」と秋彦は答える。 「どっちが?」孝太郎は首をかしげる。 「どっちも」 「つまり、彼女と別れ、就活もうまくいっていないと」 「そういうことになる」 秋彦はため息をついた。ひらひら落ちた銀杏の葉が、並木道の絨毯を黄色く染める。秋彦が生まれた季節、秋だ。本来なら彼が最も輝くべき時だ。 けれど、いまの

          04. 穴を埋める (Fixing a Hole)

          03. きっとよくなる② (Getting Better)

           次の週もナツヒコは授業に出た。単位を落としても構わない講義ではあるが、きっかり五分前に着席し、最後まで授業を受講した。もちろん話なんて聞いていない。視線だけをきょろきょろ動かして、視界の端で彼女の影を探していた。  彼女の姿を捉えたのは、講義も終盤に差し掛かってからのことだった。講堂の後ろの扉が開いたかと思うと、彼女はそそくさと空いている席へ腰を下ろしていた。  視線が合ったかもしれないが、判然としない。ナツヒコはすぐに黒板の方へ向き直ると、授業に集中しているそぶりを見せた

          03. きっとよくなる② (Getting Better)

          コロナと世界

          空を見上げて、深く息を吸う。外の空気の、なんとウマいことか。 なんか外は危ないというので、自粛、自粛、自粛。一週間ぶりの外出だ。橋の上から見る沈みゆく夕日は、のびのびとしてとても映えていた。 手元の缶ビールを、くいと傾ける。黄金色の液体が喉をすとんと落ちていく。心地よいオレンジ色の感覚がぼくを通り抜けていく。通り行く人々が、ぼくのことを遠巻きに通り抜けていく。 ソーシャルディスタンス。 ああ、夕陽がきれいだ。 世界がこんなになってしまう前の少し昔、ヨーロッパを一か月

          コロナと世界

          the World Against the Corona

          Looking up to the sky, I breathed deeply. How good it is to breathe outside! I just stayed at home, hearing that the world outside is at crisis. I just stayed at home. It’s been a long while since I went outside the last time. The setting

          the World Against the Corona

          03. きっとよくなる① (Getting Better)

          そのときナツヒコはお先真っ暗だった。最悪も最悪、二十年生きてきた中でもどん底。人生終わりだと感じていた。 その春ナツヒコは、受験に落ちたのだった。 しかも、ただ落ちたのではない。浪人してまで受けた志望校の前に、あえなく桜散ってしまったのだ。受かっていたのは滑り止めの大学ただ一校のみで、しかもそれは現役のときも合格していた大学だったものだから、ナツヒコの悲しみといったらあまりに深い。きっと、マリアナ海溝にだって負けやしまい。 もう一年再チャレンジ、と行きたいところだったが

          03. きっとよくなる① (Getting Better)

          02. 弥生狂騒曲④ (ルーシー・イン・ザ・スカイ・ウィズ・ダイアモンズ)

          夏の日差しが辺り一面容赦なしに降り注ぐ。空は文句なしに晴天で、日焼け止めをもう少し塗れば良かったなと、首筋の辺りが少し気になる。 ばしゃばしゃ跳ねる噴水の涼しさが唯一の救いだ。夏休みとあってか学生は見当たらず、この場所はまるでわたし一人の空間だ。 遠くに、こちらへ近づく人影が見えた。約束の相手。わたしの待ち人。二人きりで会いたかったので、わたしから呼んだのだ。 「来てくれてありがとう」 わたしは立ち上がる。そして、相手が目の前まで来たところを見計らい、話しかける。

          02. 弥生狂騒曲④ (ルーシー・イン・ザ・スカイ・ウィズ・ダイアモンズ)

          02. 弥生狂騒曲③ (ルーシー・イン・ザ・スカイ・ウィズ・ダイアモンズ)

          「最近孝太郎君嬉しそうだね」わたしは言う。 「え、ぜんぜん気づかなかった」秋彦君の声がひっくり返る。「ねえ孝太郎、それ本当?」 秋彦君が前を歩く孝太郎君の背中を捕まえた。孝太郎君は「んなことない」と秋彦君をそっけなくふり払う。 「いいや、弥生の目はごまかせない。見る目だけは確かだからな」 「なによ、見る目だけって」 「見る目も確かだ」 「取ってつけたような」 「事実、取ってつけているから」秋彦君は悪びれない。「それで孝太郎、ひょっとして彼女が出来たとか?」 そ

          02. 弥生狂騒曲③ (ルーシー・イン・ザ・スカイ・ウィズ・ダイアモンズ)

          02. 弥生狂騒曲② (ルーシー・イン・ザ・スカイ・ウィズ・ダイアモンズ)

          「社会科学Ⅰ、再来週テストだってさ」 「いいじゃん、テスト。レポートよりあっさりしていて」 「孝太郎、それは頭のイイ奴のセリフだよ。俺みたいな人間はじっくりレポート書いた方がいいの。テスト一発勝負だなんて、考えただけでも冷や冷やする」 そう言いながら秋彦君は唐揚げを割りばしでつまみ上げ、口の中へ頬張った。毎日同じお弁当ばかり食べていれば飽きそうなものだが、秋彦君はおいしそうにむしゃむしゃ食べている。晴れた天気と、噴水の水しぶき。目の前の平和な光景に、なんだか開放的な気分

          02. 弥生狂騒曲② (ルーシー・イン・ザ・スカイ・ウィズ・ダイアモンズ)

          02. 弥生狂騒曲① (ルーシー・イン・ザ・スカイ・ウィズ・ダイアモンズ)

          昔から、何かを選ぶのが苦手だった。おやつに洋服、部活動から進路に至るまで、なにもかにもいちいち迷って、結局決めあぐねてえいやと目の前のものを取ってしまうのだった。 それが今度は、男の子。 自分の恋人となる人を選ばなければいけないのだから、それはもう大変だ。 選ぶなんて表現がおこがましいのは重々承知している。けど、たぶん今の私には選択権があって、実際それを行使しなければいけない。なんとかそれを避けられないか、仲良し三人組を継続出来ないか。そんなことを心の中で願い続けてきた

          02. 弥生狂騒曲① (ルーシー・イン・ザ・スカイ・ウィズ・ダイアモンズ)

          01. あいつがいれば(ウィズ・ア・リトル・ヘルプ・フロム・マイ・フレンズ)

          「いまから正門で会えませんか?」 午後の授業の後のことだ。携帯電話が振動し、メールの受信を知らせた。 メールの送り主は不明。アドレス帳には登録されていない。業者からの迷惑メールか、怪しい宗教団体の勧誘か。いずれにせよロクなものではないだろう。 孝太郎はため息を吐き、ぱかりと携帯を閉じた。 最近うんざりすることばかりだ。 受験戦争をくぐり抜け、田舎から上京して大学へ来たはずなのに、そこに広がっていたのは動物園のような光景だった。ロクに授業に出る者はいないし、いたとして

          01. あいつがいれば(ウィズ・ア・リトル・ヘルプ・フロム・マイ・フレンズ)