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新しい友達

週に一遍ぐらいの頻度で行ってる、最寄りの銭湯が、幸運なことに、この一年で巡った都内50〜60軒の銭湯の中でも上位ヒトケタに食い込んでくるくらいの、大変な優湯なのだ。
基本的に広い。その上、スケールの大きな壁のタイル絵、別料金なしのフリーサウナに、4人が入ってもまだ余裕のある大きめの水風呂があったりして、どんな時でも気持ちを満たしてくれる、ここは文字通りの〝ホーム〟と言える。

今日は一日、雨の中出かける気も起きず、寝たり起きたりで夜になってしまったダメな日曜で、このまま終わってしまうのも癪だからと、何かを求めてそんなホームに向かったのだった。

サウナでカーッと汗をかこう!というテンションでもなかったから、熱めの湯船と水風呂の交互浴。今月はシメれる案件なくて無収入だな〜とか、そろそろショップに新しい商品出さなきゃな〜などと、ほぼいつも通りの内容で、水風呂内でぼーっと考え事をしていたら、口からどぼどぼと水を出す、陶器のライオンと不意に目が合った。

ホームにはもう数え切れないくらいの回数来ているが、水風呂の壁面のこの黄土色のライオンの口から水が出ているところを、そういえば一度も見たことがない。なのに今日は勢いよく水を吐き出している。えっ!?こいつ、てっきりとっくに故障してるか、壁の奥で配管が塞がれてるかと思ってたのに!水、出せたのかおまえ!?と衝撃が走った。
そんなことが、なんだか訳もなく、じわじわと嬉しく思えてきて、ライオンの口からどぼどぼと出ている水に、手を差し伸べようと、少し腰を浮かせて腕を前に出した。その刹那、水は止まった。

なんだよ、人の気持ちを見透かしたかのようなこのライオンのいけずな挙動は。
そう思って、また壁側の元いた位置に座りなおしたら、再びライオンはどぼどぼと水を吐き出し始めるではないか。

えー??まじで??

こうなるともう、また手を差し伸べたくなる欲求には勝てない。はたして水は止まるのか?そーっと体と腕を前に出すと、やはり吐水は止まる。なんなんだ一体!?こいつもしかして、面白いライオンか!?と、心の中の面白がりが目を覚ます。
しかし陶器のライオンが意思を持つなど、そうそうは有り得ないことだ。どこかにカメラでもあって、あのいつも居眠りしてる番台のおっさんが見ていて、暇つぶしに蛇口の開け閉めでもしているのか?などという「どっきり路線」も想像した。
だが、事実はそこまで手の込んだものではなかったのだった。

たまたま自分が今日座った位置の水風呂の底に、地味な水圧で水が出ている小さな湧水口があったのだ。そこに座ると水がせき止められる。止まった水は出口を求め、壁の奥でおそらく二股になっているのであろう、別ルートに流れ込み、その先の吐水口Bたるライオンの口に至る。どうやらそういうことであるようだったのだ。

えー!?なにそれさらにおもしろい。ということはだ。この位置でお尻を浮かせたり座ったりすることで(別に手のひらでもいいんだが)、ライオンの口からの吐水量を、自分が自在にコントロール可能…ということ…!!
考えてもみてほしい。銭湯のライオンの口から出る水を、これまでに自分の意思でコントロールできた経験など、あなたにはあるだろうか?

思わず笑いそうになってしまったそのあたりで、すっかり体が冷えたので、また熱い湯に戻り、しばらく浸かってから、頭を洗って、ヒゲを剃って、またお湯に戻り、のぼせる寸前で水風呂に帰ってきた。
おれが定位置に座ると、待っていましたご主人!とばかりに勢いよく水を吐き出し始める忠実なライオン。
しかしそんな水風呂に、サウナから出てきたハゲのおっさんがやってきた。おっさん、洗面器で水をすくって汗を流して、水風呂にジョインしたわけだが、ふた呼吸くらいおいて、ライオンの口から出る水に目を遣った。そうして、頭からその水をかぶろうと思ってか、中腰のままライオンににじり寄っていくではないか。
あなたならば、ライオンの全てをコントロール下に置いた、全知全能のあなたならば、ここで、なにをするだろうか?

そういうことである。

断言しよう。猛獣使い、ライオン・ハンドラーとして、おっさんがライオンの下にそのハゲ頭をローンチする寸前に、スッと水を止める。その欲求に勝てる者は一人としておるまい。

ライオンから吐き出される水の下で、サウナ後の最高の快楽に身を委ねようとしたおっさん、位置につこうとした瞬間にピタッと水が止まる。だが、表情は変わらない…。先に水風呂にいた見ず知らずのおれに、そんな瞬間を見られてバツが悪いことこの上ないのだろう。だが、だからといって元いた場所にスゴスゴと戻るわけにもいかない。それではまるで、ライオンの吐水に大きな期待を寄せていたようで、肩透かしを食らった子供みたいな自分が、あまりに不甲斐ないじゃないか…。いいんだ。自分は好きこのんで、このライオンの下に来た。ライオンが水を吐いていようがいまいが、こここそがいつものおれの定位置だからな!そんなことを思ってか思わずか、おっさんはそこに陣取ったまま目を閉じ、ライオン同様、沈黙の構えに入った。

そうして数十秒が経ち、ライオンのことなど忘れ始め、弛緩しきった表情のおっさんのハゲ頭に、おれは急に水をぶちまけてやった。

いきなりの脳天吐水に驚くおっさん!!顔を一二度とわしわしっと水で洗って、ライオンにつままれたような表情で上がっていった。

表情一つ変えず、水風呂の中で半分震えながら、笑いをこらえるのにおれは必死だった。やったなライオン。なにもなかった日曜日だったけど、たったひとつ、面白いことがあった。

おれとおまえで、これから伝説をつくっていこうな。

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