母なる大地

「母なる大地」という言葉がある。動物や植物やそれを維持するためのありとあらゆる全てのものを生み出してくれたこの地球を、私たちは敬意と感謝をこめて「母なる大地」とよんでいる。

インドには「ヴァンデ・マタラム(母なる大地に捧ぐ)」という国家的行事にも歌われる古い曲がある。またヒンディー語で「バーラト・マーター(Bharat=インド mater=母)」と自分たちの国を呼ぶ。インドの人たちにとって、この国はまさに「母なる大地」なのだ。

イ ンドで生活していると、それは実感として感じることができる。夜の闇を切り開くようにイスラム礼拝堂(アラビア語ではマスジド(masjid)英語読みで モスク(mosque)となる。モスクとは主に欧米や日本における呼び名である)のミナレット(尖塔)から朝のお祈りの時間を告げるアザーンが聞こえ、ま もなくホテルの窓に朝陽がさしこんでくる。うるさいほどの鳥の声、動物の鳴き声、物売りの声が重なる。熱い一杯のチャイ(ミルクティー)を飲んで町へ出て いく。ホテルの前の道はラジャスタン特有の砂漠の乾いた土の道だ。

イ ンドは都会でさえも舗装された道路はメインストリートだけで、住宅地に続く道路は土の道が多い。国道ですら穴があいているし、端には土がむき出しになって いる。だからドライバーは道の端を走りたくない。対向車がくると、ぎりぎりまで避けようとはしない。まるでチキンレースのようで私は思わず目を閉じてしま う。雨が降ると排水設備の整っていない道路はすぐに水が溜まるし、何時間も降ろうものなら道路はすぐに川のようになる。自転車も車もタイヤの半分を水に浸 かったまま走っていく。人々は軒先を借りて、しばし雨宿りをしながら見知らぬ人たちと話の輪を広げている。そのうち土は水を吸収し、ぬかるんで柔らかく なった道を人々は思い思いの場所へ帰っていく。

雨は時として洪水をもたらす。しかし雨が長く降らなければ旱魃(かんばつ)に なることもある。特に東インドのビハール州は、自然の影響が強く、乾季には灼熱の日照り、雨期には洪水が多く発生する。農民たちは生活のために農地を捨て 大都会に出稼ぎにでる。大都会ムンバイ(旧ボンベイ)の人口が急増するのは、そういった理由からだ。ちなみに、2001年の調査では1200万人、そのう ち半数近くが出稼ぎ労働者であり、この人口は毎年10万人単位で増え続けている。

ビハールに限らず、農村における旱魃や洪水 はいまもインドにおいて大きな問題となっている。そんなビハールには自然の脅威を鎮めるため、作物の豊穰、家族の幸福、神への祷りを土でできた壁や床に描 いた「ミティーラ画」の文化がある。女性たちが伝え続けてきた民族画の単純化された線や色とりどりに描かれた素朴な絵は見るものの心を和ませてくれる(日 本のミティーラ美術館ホームページを参照)。

イ ンドから日本へ帰ってくると、まるで未来都市にきたような錯覚に陥いる。関西空港のピカピカに磨かれた床や清潔なトイレ、整然としたイミグレーションカウ ンターや待ち合い。そして街へ出ると高いビル、人は信号を守って兵隊のように進んでいく。道は水平で穴など開いていないし、もちろん牛の糞などおちてはい ない。美しい日本。でもなぜかプラモデルの街のような日本。コンクリートに囲まれた都市で生活していると、大地から昇る朝日や沈む夕陽を見ることも少な い。そして気密性の高い住居の中にいると、雨や風の音も聞こえない。今の日本を「母なる大地」として私は感じられない。

しかし、都市ではなくなってしまったかのように思える自然だが、気をつけていれば見つけることができる。ビルの窓に反射する夕陽の美しさ、満月の夜の明るさ、春になると柳は芽吹き、冬には鴨川にユリカモメがやってくる。

そ れは、いつでも私たちの身近にあったのだ。気づけばそこにあるものなのに、時間に追われる生活をしているとそれらは見えない。インドと環境の異なる日本に おいては、自ら望まないと暮らしのなかで自然を感じることは難しいが、それだからこそ、意識して自然を知ることがいま必要ではないだろうか。自然の過酷さ や恵みを知ることで、大きな災害を避け、豊かな糧を得ることができる。そして、自分の住む場所を「母なる大地」と感じることができれば、この地球をもっと 大切にする気持ちを持つことができるだろう。

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