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「待ち合わせ」(4)

~ デリー ~

リクシャの運転手は慌ててリクシャを走らせる。
後ろで、大男の怒鳴る声が聞こえていた。
運転手が何か声を掛けて来たが、ぼくは暫く呆然としていた。

「だから、言ったじゃないか。今日はムスリムの祭りだ。危険だ。」

鼓動が、早い。左の頬から顎に描けて痺れるようである。

「日本語の通じるツーリストインフォメーションに行こう。そこで、今日のホテルを探してもらうといい。」

「ああ。」
その言葉に、しかし、我に返る。
そういうことなのか?
でも、にわかには確信が持てない。
このリクシャを拾った場所から、あのアショカだと言った場所までは時間にして結構な距離である。
それに、あんな場所でわざわざ、カモになる観光客を待つことも考えずらい。空港か、メインバザールというなら話は判る。皆がぐるである可能性は低い。とすると、あの男たちは、観光客専門の脅し屋か何かか?
否。わからない。
ただ、判っていることは、ぼくはすっかりその術中にはまってしまっているということだ。ひとりぼっちが心細い。四年前、初めて一人降り立ったカルカッタ、サダルストリートを思い出す。

「これもまた、きっと手口の一つなのだ。」
頭はそう冷静に考えている。
しかし、頬の痛みは体を通して、ペシミスティックな考えを運んでくる。
疑心暗鬼――それこそ、奴らの思うつぼじゃないか。

リクシャは細い路地に入り、やがて小さなツーリストインフォメーションの前で停まった。ガラス張りのオフィスには日本語やら英語やらの観光案内がべたべたと張り込んである。そして、ガラスというガラスは皆、薄紫のスモークフィルム。店内はよく見えない。リクシャが路肩に車を寄せ停めるが早いか、店から男が出てくる。
ぼくは、リクシャに金を払うとそのまま店には入らず路地を歩き始めた。
後ろで、リクシャの運転手が引き留めようと何か叫んだが、惚けたよう、脱力して、歩き続ける。

一体ここは何処だ?今デリーのどの辺りにいる?背中のバックパックの重みが、恨めしい。この重みがぼくを不安にさせる。この肩に掛かる重みが、ぼくを心細くさせる。

裏通り、両側にマーケットのある未舗装の道、珍しい物でも見るかのようなインド人たちの視線を一杯に浴びている。被害妄想?しかし、そう思われた。それは、不安な気持ちの表れでもあると思う。少し行くと、大きなバス通りに出た。そこで、二人目のリクシャに声を掛けられる。
ぼくは、地図をあの大男に捨てられてしまったので、地球の歩き方の更に大きな縮尺のものを広げて見せる。そして今、ぼくは何処にいるのか、アショカヤトリニワースにはどっちに行けばいいのか聞く。
時計を見ると、十時を幾らか回っていた。
今度のリクシャの運転手は、やけに愛想が良かった。お前はインドのアクターの誰それに似ていると、笑顔でおべんちゃらを言った。アショカに向けてぼくが大通りを歩き出すと、男は言った。

「今日はムスリムの祭りだ、大きな通りは危ない。」

その一言で充分だった。今のぼくにとって、その一言の持つ意味は大きく、だから、ぼくの動き出した足は、その一言に止められてしまう。
又だ。あの運転手と同じことを言ってる。まさか、危ないというのは、本当のことなのか?
大男に殴られたことがトラウマになっている。マイナス思考。良くない考えばかりが頭の中を支配する。不安だ。怖い。

「俺が安全な裏通りを通って、そこに連れていってやる。でも、アショカヤトリニワースの場所が判らないから、先ずツーリストインフォメーションに行こう。」

― 続く ―

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sangeet

音楽と映画とインドな日々

人に逢う旅

2000年のインドの旅の記録。そして、インドで出会った人たちにささげる物語
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