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データは0円。

サービス業は「価値に支払われるお金」で動いている。

レストランに行ったとき「これ、原価いくらだろう」と言う人がいる。終戦直後じゃないから飲食店は原価だけを基準に動いていない。そこで得られる満足感や、シェフの技術などのすべてを足したモノにお金を払っている。

俺は狭苦しい店が嫌いなので、できるだけテーブルの距離が離れていて会話に集中できる店を選ぶ。客を詰め込んだ店よりも多くのお金を支払うことになるのは仕方がない。自分が何を優先するかだ。

様々な条件を織り込んだものがサービス業の価値だけど、無形のモノは必ず同じカタチをとる。高価な絵画を観たときに「キャンバスと絵の具代だけだろ」というのは、価値とは無縁で乱暴すぎる話だ。

「需要を経済に変えること」に意識的になっているのが今の時代だろうし、マネタイズという言葉をどんな場面でも聞く。欲しいものはないと言っているけど、村上春樹さんの新作は心待ちにしていて、発刊時には大イベントになるように、必要とされるモノに不景気はない。人々から「待たれている」というのが価値で、需要がないところに何を供給しても価値は生まれない。

俺はデジタルデータを売っているから、カメラやパソコンといった微々たる設備投資以外はゼロ円で作った画像で商売をしている。中世で言えば錬金術だ。カメラもパソコンもソフトも、趣味でやっている人となんら変わらないビックカメラで売っているヤツだし。

SNSに次々と現れる才能を見るたびに、専門分野がどんどん細かくなっていくのがわかる。素晴らしく美しいお弁当を作る主婦や、動物の口元だけを執拗に撮る写真家などがいる。一点突破でそこに集中する時間が全てを物語っていて、だからそれ以外の趣味的で一般的なレベルの発言は埋もれていく。

オタクというのはそういうことなんだろうと思う。お金という価値と引き替えにすることができるほど他人にとって意味があれば需要がある。そうでなければ誰からも求められていないということで、専門分野としての突破力が足りていないんだと考える。

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多分、俺の方がお金は持っていると思うんだけど、どうしてもと言うならありがたくいただきます。

ありがとうかつサンキュー
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ワタナベアニ

写真家・アートディレクター。着ぐるみの中は繊細です。1964年生まれ。現在「ロバート・ツルッパゲとの対話」出版準備中。
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