デカいハケでベタッと塗る豪快さ。

外国に行った時、イベントやExpositionに行くのは、特別に取り出した「誰かのキュレーション」を受け取ることになる。

街全体が持っている空気を知るためには「その特別な何か」を除外する必要もある。たとえば自分が好きなアーティストの巨大な回顧展があるなんて場合はそれでもいいんだけど、そこで行われていることがその街を表しているとは思い込まないことだ。三社祭の期間中に浅草を訪れた人とそうでない人の印象が違うように、点を集めても面にはならないから。

「特別な瞬間」は誰かに与えられるモノじゃなく、自分だけが見つける方が楽しくて、写真を撮ることはその目が試されているといってもいい。だから「インスタ映え」のように「これを撮っておけば見栄えがいいって皆が言ってた」という感覚は、写真とは大きくかけ離れているよね。

オタクという人々とコレクションの親和性は高く、彼らはなぜ色んなモノを集めるのかと思うんだけど、それは世界を「Ingress」みたいに処理しているからなのかもなあと感じる。抑えるべきポイントの総量が世界であるというような。

執拗な点描で面を描くことは原理的には可能なんだけど、デカいハケ(人間力)でベタッと世界を塗る豪快さの方がカッコいいし、雑に言えばモテる。

「執拗な点描」って別の快感を生み出していて、駅の名前や戦闘機の機種やアイドルの名前など、彼らは全部憶えて全部言うことが大好きだもんなあ。

最近、建築家の知人が「駅を作ることになりました」と言っていたが、駅の名前を憶えることとは別のデカいハケ感があるなあと思いながら、おはようございます。

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