流行語で生きている人を見ている。

そもそも一番のパロディは昔それを憂いた「一億総白痴化」という発言が、揶揄されたテレビメディアそのものを通して浸透したことだから仕方ないんだけど。

「皆が時代の空気を感じて同じことに納得する」というのは当たり前のことで、よくわかる。批評精神やジャーナリズムとしても大事なことだ。

でも侮蔑的、商業的なトリックが隠されているモノに対しての盲目さを見ると、幼稚だなあと感じてしまうことも多い。

目の前の出来事に自分の言葉を持たず「流行っている言葉」で対応する人を見る。キーワーダーズだ。厳密な専門知識には流行語の入り込む余地がないから、それはユルいトピックに現れやすい。

丁寧な暮らしとか、インスタ映えとか、ありのまま、なんて、結局の所は流行している言葉を使った満足感を得る以外に何もない。それはそれでいいのだ。ただ「私はそういうことを知っている」「こういう表現を作った」という広告代理店的な発想が気持ち悪くて仕方ない。

ケンカは「強い相手を選ぶ人」が尊敬されるってことで、小学生が赤子の手をひねって優越感を持つカッコ悪さ、ダサさをどうにかしてほしい。

ちなみに数日前、あるタレントが「自分はこのままでいいのかな」とSNSでつぶやいているのを見た。その答えは人によって千差万別であるべきだと思うんだけど、驚くほど全員が抽象的な流行語を使って同じことを言っている。

コレ、同じことを言っている人を取り出して並べてはいないんですよ。タイムラインの順番そのままです。信じられる?

まあ会ったこともないタレントにアドバイスするようなヒマ人独特の感覚であり、前に書かれたコメントと同じだと気づかない人々なのだと割り切ってみるべきなのかもしれないからそこは割り引くけど。

何か自分が考えたことを言っているつもりが、ネットやテレビ、どこかで聞いたことを言っているだけではないかと、皆が「一億総活躍」しないといけないねと思いながら、おはようございます。

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勉強しろ!
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ワタナベアニ

写真家・アートディレクター。着ぐるみの中は繊細です。1964年生まれ。現在「ロバート・ツルッパゲとの対話」出版準備中。

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