見出し画像

テーランガーナー州の『ボーナール』は悪を祓う女神の祭

マレーシアやシンガポールでタミル系インド人が行う「タイプーサム」にちょっと似ているような気もする、インド、テーランガーナー州のハイデラバードとその「双子都市」シカンダラーバードのみで行われているという「ボーナール(బోనాలు)」という祭りの動画が送られてきました。

ボーナールについてのWikipedia(英語)はこちら。

ボーナールというのは「ご馳走」を意味する供物のことで、ヤシ砂糖ジャガリやミルクで甘く炊いたコメだそう。祭りはマハーカーリー女神を祀るもので、女性たちが供物を入れた壺を頭に掲げて寺に参拝したりするそうです。

ボーナール祭の起源

そもそものボーナール祭の発端は1813年、この地にペストが蔓延し何千もの犠牲者を出したころのこと。折しも同年にはイギリスの対インド貿易が自由化され、産業革命後のイギリスから機械製綿織物がインドへ流入、伝統的な綿織物産業が大打撃を受け、イギリス東インド会社が綿や藍のプランテーションをインド各地で展開していった時代です。ハイデラバードは、真珠やダイヤの加工と交易で栄えに栄え富をほしいままにしたゴールコンダ王国がムガル帝国に滅ぼされ、ムガル皇帝によって「ニザーム」の称号を与えられた王が君臨するハイデラバード(ニザーム)王国が統治していました。

さて時のハイデラバード軍が800キロ以上北に離れたマディヤ・プラデーシュ州のヒンドゥー教の聖地ウッジャインに配備された際、故郷での疫病流行を憂い、当地のマハーカーリー寺院に疫病駆逐の祈願をしました。その願が叶えられたことで、故郷ハイデラバード及びシカンダラーバードの守護神としてマハーカーリー女神を祀ることにし、年に一度、女神にご馳走をふるまうボーナールが始まりました。この時期はマハーカーリー女神が嫁ぎ先から実家に帰省する時期でもあるそうで、嫁いだ娘にお腹いっぱい食べさせるのと同じように女神へ供物を捧げます。

インドは何度もペストの危機に晒されていますが、ハイデラバードも例外ではなく、16世紀、18世紀、そしてこの1813年と3回にわたり大流行しました。16世紀に大流行した際には、当時この地を統治していたゴールコンダ王国第5代スルターン(皇帝)が、イスラームの聖地であるメッカに疫病駆逐祈願の巡礼を出しました。その時持ち帰ったメッカの土で作った橙色の煉瓦がファサードに埋め込まれているのが、ハイデラバード旧市街にある南インド最大のメッカ・モスクです。

(写真上:メッカ・モスク入り口奥からチャール・ミナールを臨む
写真下:メッカ・モスク内部)

祭りは数週間続くそうで、その初日はゴールコンダ城から始まります。城といってもゴールコンダは要塞で、頂上にある王の謁見場までは長い階段を登る必要があります。その階段の最初の一歩のところで生贄の鶏を捧げ、謁見場の手前にあるカーリー女神を祀るヒンドゥー寺院で儀式を執り行います。

(写真:お客様にご提供いただいたゴールコンダ城内のカーリー女神寺院)

私のツアーに参加されたお客様はメッカ・モスクの横を通ったり、ゴールコンダ城の階段や寺院でこの祭について触れているので、ご記憶の方もいらっしゃるかと思います。

(写真:ゴールコンダ城、庭園から王の謁見場を見上げる)

マハーカーリー女神

マハーカーリーはWikiによるとカーリー女神系統の女神とのこと。カーリー女神はヒンドゥー三大神のひとつ、破壊と創造のシヴァ神の妻パールヴァーティー女神の化身で、舌を出し生首を持って踊っている恐ろしげな姿が夢に出そうな女神です。

世の中のあらゆる悪を倒す恐ろしい姿の女神はわりと各地に存在している気がします。日本の鬼子母神はカーリー女神が元ネタという説もありますし。カーリー女神信仰で有名なのは西ベンガル州のコルカタ(カルカッタ)。虐げられ耐え忍んできた女性たちの救いであり、まあそこまでシリアスではなくても、日々何かとストレスが多く、あれやこれや女神に成敗してもらうしかない……という女性たちの篤い信仰を集めている女神です。

『女神は二度微笑む(Kahaani)』という映画にカーリー女神がいい感じに取り上げられています。コルカタの街の雰囲気も堪能できる極上サスペンスなので未見の方はぜひどこかで観てね。あとインド神様の話は天竺奇譚さんの『いちばんわかりやすい インド神話 (じっぴコンパクト新書)』がおすすめですよ。

ヒンドゥー教以前の土着の信仰があった神様が、後のヒンドゥー教の台頭でヒンドゥー世界の神様と同一視され取り込まれていったパターンは多く、この祭のどことなくプリミティブな雰囲気を見ていると、マハーカーリー女神もそのような流れをくむ神様かもしれません(未確認ですゴメンなさい)。

罪と悪を祓う最終日

さて、動画を送ってきたのは、私が企画・添乗しているハイデラバードの世界最大の映画村ラモジ・フィルム・シティを訪れる『はじめての王国ツアー』に過去1年間、同行してくれているガイド氏です。

5月にお見合い結婚したばかりの28歳、妻は隣のアーンドラ・プラデーシュ州から嫁いできたのでこの祭りを見たのは初めてだそう。

ボーナール祭の最終日は、女神の警護をする男たちが鉄のワイヤを入れた鞭で自ら及び信奉者たちの背中を叩いて回るそうで、この動画はその模様とのこと。ボディペイントを施し、鞭で背中に血を滲ませ、家々を周り、人々の罪を祓っていく異形の者たち。ちなみに鞭で打たれるのは男性のみだそうで、なんとなく「やれやれ、もっとやれ」という気分になるような、ならないような(笑)。

ガイド氏、「背中にバッテンのミミズ腫れできちゃって」というので、「奥さんに軟膏でも塗ってもらいなよ」と返したら「うへへへへ」と電話の向こうで笑っていました。いつもド直球の惚気を聞かせてくれてありがとう(笑)。

インドの幸せなお見合い結婚を目の当たりにするたび、昔観た『ミモラ 心のままに(Hum Dil De Chuke Sanam)』

「まずは結婚、恋はそれから。ふふっ」

はにかんだおばあちゃんの台詞を思い出します。幸せでない例も見聞きしているけど、私の知り合いはお見合いでうまくいっている夫婦がとても多いです。周囲がやいのやいのお膳立てして間違いなく結婚し一族の繁栄を安定させるシステムはもうちょっと見直されてもいいのかも、とときどき思うんですよね。私は自由を愛しますが。

さてガイド氏「この一年の罪はこれで全部出ていったから、安心してまた一年のびのびできるなあ!」とかなんとかいっていました。人間とは罪を犯すものという真理に基づいた大変合理的な祭りではないでしょうか。はい。

ガイド氏には御礼にちょうど近所でやっていた盆踊りの動画を送りましたら「随分静かでスローだね…インドの祭は賑やかに騒いで激しく踊らないとダメなんだよね〜」だそうです。うん、知ってる。

「ぼくの写真でっかく載せておいてね」

というので載せておきます。かわいいやつです。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?