第1回 期待値で形テン押しの基準化を考えてみる


はじめに

note投稿の1回として、形テンの押し引きを考えます。形テン押しあるいはテンパイ料押しの判断基準は、ASAPIN(2014)、朝倉(2019)、中嶋(2019)などでとりあげられてきましたが、形テン押し基準を定式化して明示的に計算仮定を示したものは筆者の知る限りないようです。本稿では、期待値の概念を用いて、形テン押し基準の定式化と精緻化を図ります。便宜上、形テンといっていますが、もちろん役ありテンパイを含めてラスト1牌の押し引きに適用できます。


「形テンは勝負手」

初代天鳳位であり、Mリーガーとして活躍中の朝倉康心プロが『麻雀の失敗学』を出版されました(朝倉(2019))。note投稿の1回目として、今回は142ページから記されている形テン押し基準について掘り下げていきます。

同書147ページには「聴牌料の押し引き基準は、実戦の場ではなく座学で学んでおくもの。…今まで何となくの感覚で聴牌料判断をしていた人は、一度家で計算してみることをお勧めする」とあります。

そうか、そういうのは考えたことなかったな、トッププロはそこまで考えるんだ、というのが正直な感想でした。

もっとも、朝倉プロと言えば、ASAPIN(2014)『新次元麻雀~場況への実戦的対応とケイテンの極意~』でも、第2章「ケイテンの価値」の冒頭で「アガらなくても最大4,000点差をまくれるケイテンは大きい」(87ページ)と強調して、100ページ近く形テンについて論じています。プロの中でも特にケイテンにこだわりがあることが知られています。『失敗学』でも「形テンは勝負手」とよくサインしているとあります(朝倉(2019)、142ページ)。

さて上記のように、朝倉プロのお勧めもあるので、テンパイ取りの基準を計算してみます。朝倉プロのことば「形テンは勝負手」を見出しに掲げていますが、自分の手は形テンでも役ありテンパイでもどちらでも考察は成り立ちます。

押すか引くか境目の打点は?

明らかに聴牌している他家がいて、自分も聴牌しているとします。最後のツモを押してテンパイ料をとるか、降りるかの境目になるような聴牌者の打点を計算してみます。押し引きの判断基準となる点数です。


例えば、

画像1

みたいな形テンで、どの牌も通っていないとき、どう判断しますか?


聴牌者に通っていない無スジ本数をsとすれば、無スジの1本を押した場合の放銃率はp=1/sとなります。ただし、1・4と4・7の両方が無スジのとき、4を押した場合の放銃率は、1・4と4・7の2スジを押すことになるのでp=2/sとなります(とつげき東北(2004)、pp.213-214)。


期待値による損益分岐打点の導出

放銃した場合の打点をx、自分が押した場合の聴牌料受け取りをa、自分が降りた場合の聴牌料支払いをbとすれば、
-px+(1-p)a > -b
ならば押した方がよくて
-px+(1-p)a < -b
ならば降りた方がましでしょう。ここで、不等式の左辺は押した場合の期待値、右辺は降りた場合の期待値となります。

結局、押し引きが無差別になるのは
-px+(1-p)a = -b
を満たすxとなります(注1)。これを損益分岐打点(breakeven point)とよぶことにします。

xについて解くと、
x = (1/p)(a+b)-a = s(a+b)-a
を得ます。

ここからわかるのは、無スジ本数が1本増えるごとに、損益分岐打点は自分が押した場合の聴牌料受け取りと自分が降りた場合の聴牌料支払いの和だけ増加するということです。

『失敗学』142ページの数字を入れてみます。放銃率50%で、他家1人聴牌ならば、
p=0.5, a=1500, b=1000
となります。損益分岐放銃点は
x = (1/0.5)(1500+1000)-1500 =5000-1500=3500
となって、『失敗学』と同じ押し引きラインの打点を計算することができます。

放銃率50%で、他家2人聴牌ならば、
p=0.5, a=1000, b=1500
となって、
x = (1/0.5)(1000+1500)-1000 =5000-1000=4000
です。他家2人聴牌だと1人の場合と比べてちょっとだけ押し気味です。


無スジ6本以下の損益分岐打点

無スジが多い場合には損益分岐打点は非常に大きくなります。たとえば、他家聴牌1人で無スジ10本ならば23500点です。143ページにあるように、「通っていない無スジが4本以上の時のラスト1牌は押し有利」といってよいでしょう。

ここでは、実用上意味がある無スジ6本以下について表にまとめました。表の数字は、4・5・6について、少なくとも片方のスジは通っていると仮定しています。(注2)

画像2


他家1人聴牌と2人聴牌の数字を比べると損益分岐打点の数字が近いのに対して、他家3人聴牌では損益分岐打点が大きくなっていることがわかります。つまり、自分以外の3人が聴牌しているならば、降りても1人ノー聴で3000点支出するから、だいぶ押し有利になるということです。

他家聴牌1人の場合を例にしておぼえ方を説明しましょう。

放銃率100%の牌の損益分岐打点は1000点になります。
これは放銃で1000点払っても、ノー聴罰符で1000点払っても、自分の期待値はマイナス1000点で変わらないからです。

(ただし、点差は異なります。相手との点差は放銃ならば2000点ですが、流局場合は相手にはノー聴罰符が1000点×3人=3000点入りますので、差し引き4000点となります。)

表をみると無スジ1本から上に1行上がるごとに、押した場合の聴牌料受け取りaと降りた場合の聴牌料支払いbの和だけ損益分岐打点が増えていくことに気がつくでしょう。

従って、聴牌1人のノー聴罰符1000点に、無スジ本数に「押した場合の聴牌料受け取りa+降りた場合の聴牌料支払いb」をかけたものを足した数字が損益分岐打点と考えるとおぼえやすいでしょう。


おわりに

今回は、期待値にもとづいて、ラスト1牌の押し引きを考察しました。なぜ形テンから話を始めたのかというと、通常の手牌では何回もツモって、その中に有効牌または和了牌があります。これは確率論で非復元抽出とよばれているもので、導入の話としては複雑だからです。次回は、期待値の概念について一般的なことを説明する予定です。


(注1)多くの本で、

-px+(1-p)a = -b

にもとづいて、どこまで押せるか(本稿ではこれを損益分岐打点と名付けました)を考察しているようです(朝倉(2019)、中嶋(2019)など)。ここで、もし相手がリーチしていて、自分が降りて流局した場合にはリーチ棒が次局に持ち越されます。次局の和了者がリーチ棒を得るわけですが、だれが和了するかはもちろん事前にはわかりません。各自が和了する確率は1/4と考えるのが妥当でしょう。この点を考慮すると、上の式は

-px+(1-p)a = -b+(1/4)(1000+300)

と修正されるべきでしょう。右辺の1000はリーチ棒、300は積み場(流局した今局が0本場として1本場)による加点を表しています。

(注2)残り無スジ本数sで1-4と4-7が両方無スジのときに、4を押した場合の放銃率は、実質的に2スジ勝負することから

p=2/s

となります。そこで損益分岐打点点を解くと

x = (1/p)(a+b)-a = (s/2)(a+b)-a

となります。右辺の(a+b)の項にかかっている乗数がsからs/2になったことに注意してください。ここから両無スジの4・5・6を押した場合の損益分岐放銃点は下の表のようになります。片スジ勝負と比べると、だいぶ下がっていることがわかります。1-4と4-7が両方が無スジのときに4を押すのは、2スジにかかる分だいぶ不利になることがわかります。

画像3

参考文献

朝倉康心(2019)『麻雀の失敗学 』竹書房。
中嶋隼也(2019)『論理的思考で勝つ麻雀』マイナビ出版。
ASAPIN(2014)『新次元麻雀~場況への実戦的対応とケイテンの極意~』マイナビ出版。
とつげき東北(2004)『科学する麻雀』講談社現代新書。

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