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素人童貞、会社辞めるってよ(思い出を綴る)



会社の素人童貞が退職するらしい。



ふう、「どうてい」って打つと必ず「道程」って変換されていつも少し畏まる。
<まさか「童貞」が第一候補なわけありませんよね?>
というPTA魂がを見せつけられるというか
倫理観をマインドセットされた気持ちになる。

AIやアルゴリズムは無秩序だからこそ何も意図や思想を感じないが
「明らかな制御」がそこに見えた時に、
PTA魂があけっぴろげに閲覧できてしまう気がいたします。
それこそが、「いやらしい気持ち」なのですよ?

当方荒れ地の魔女と呼ばれた私

「道程」と書いて「どうてい」という言葉を使う人
見た事ないでヤンス。
(魔女関係ないな)


話が逸れました。
「会社の素人童貞」という聞きなれないワードを書いていますが
これ以上に説明のしようがないくらい完璧な単語の合体なのである。



だがこれでは不親切なので少し記載すると

その名詞の正体は
今私が所属する会社に私が入社した1年後くらいに
入社してきた男性なのである。

彼とは部署が違うので当初全然交流はなかった。
名前と顔だけ知ってる存在。

ただ社内の連絡や自己啓発系ワーク(毎週各自行う)
で見るその人の文章がやたらと綺麗で
それが印象に残っていた。


数か月目で初めて社内ツールのその人のワークページに
思わずコメントを残した。
「文章がとても綺麗だなと思います。何か気を付けていますか?」
といったような内容。

「そんな事言われたのは初めてです、特に気にしている事はないです」
みたいな回答が来た気がする。本当にそれが最初の関わり。


それ以降は、グループワークで一緒になって
毎月1回。少し会話をした。
彼は私の1つ年下と思えないほど大人しく
話しかければ回答は返ってくるが、
投げたボールの打ち返しがただ来るような、
なんなら「そんな見ないと打てんか?」と思うようなラリーをする。

こちらが想定した以上の慎重な言葉選びをされる時もあり
それには少し会話のリズムは狂うが
まあ、IT業界にいれば「もっと会話できない人はゴマンといる」
という背景故の許容範囲に収まり
「そんなに会話は盛り上がらない大人しい人」
という風に感じていた。

ある月に行われたグループワーク。
各自自己分析診断ツールの結果を用いたワークだったのだが
彼はなぜか自己分析診断の名前を「まさお」
と記載しており、それは彼の本名とはかけ離れていたので
私たちのグループで話題になった。

「まさお?なに、金正男?」と
韓国好き故に北朝鮮にまで興味が止まらない私は
咄嗟に思い浮かんだ北朝鮮第2代最高指導者、
金正日の長男の名前を出した。


「えっそうです。」と驚いた様子の彼がそう答えた。

金正日の長男の名前を出した瞬間、私は

それはネットミームというか、ネットジョークというか
「なんですかそれ」とその空間を少しだけ弛ませると見込んだ
私なりのトリッキージョークのつもりで言ったのだが
まさかの正解をたたき出したようで
私は驚いて固まった。彼も見たところ相当びっくりしていた。

他の人は「きむ?きむじょん?え?」と
聞きなれない単語をもう一度正確に聞き取ろうとしていたが
私は「いや北朝鮮の、、えーと」と説明もそこそこに
「いや、んでなんで自己分析の名前がまさお?なんで?」
と、結局解決されない疑問に食いついていた

「いや昔からよくこの名前使ってて」
彼が説明したが「いやだから何で」
と更に私の脳に疑問を呼び、また聞いた私の「だから何で」
は他の人の「え、その北朝鮮の人はなんですか?」
の声にかき消された。

「北朝鮮の、金正日の息子ですよ。」
「親日家で、暗殺されたんですよ。」
と説明していると
「そうです、そうです」と彼は会話に入って来た。


結局そのままグループワークは時間切れになり、
未だに何故彼が「まさお」だったのかは知らない。



その1か月後くらいに、他部署の女性と会話していたら
会社の人の飲み会の話になった。
「〇〇さんはお酒飲むと変わっちゃうから」
その彼の名前が上がった。

「え、〇〇さんですか?あんなに大人しいのに?」
普段の様子から、まさか彼がお酒で変わってしまうとは
予想できない人だったので、驚いて質問した。

「変わってしまうってどんな風にですか?」

と聞くと、なんと下ネタを話すと言うのだ。

「え?!意外すぎる!!」
「彼女とかもいた事なさそうなのに」

と言うと「それはたぶんそう」と返ってきた。

え、、、?彼女いたことないのに下ネタ、、?
ちょっと社会人として中々キツイのでは?

どんな下ネタなのか聞いてみると
「変わった性癖らしくて」

え、、?彼女いたことない、、のに、、?
あんなに大人しそうなんだから、遊び人とかはありえないと思うし
どういう事なのかと聞いてみると

彼は、お店に通うのが好きだと。

「あ、素人童貞ってこと?」

そうだと思います、と言われた。


文面なので伝わらないと思うが、
この時点で私は相当笑顔で話をしていた。


私が下ネタに抵抗がないという事もあるが、
社会人になって、ここまで会社の人の性事情を聴く事って、まあない事だ。
しかもIT業界だとこんな事殆どないと思う。
他の業界に比べても驚くほど慎重な人が多く
なんというか、「セクハラ回避」思考はより強いように思う。
「女性にキモイと思われたら終わりだ」という意思を
他の業界の人たちよりも強く感じる。


しかもあの物凄く大人しそうな男性だ。
彼女がいたことが無い、という情報はまだしも
「おそらく素人童貞」と断定されていた事にも笑えた。
その上変わった性癖だというので、
これはより詳細を聞くしかないと思っていたが
何故か情報提供者の女性はあまりそれ以上言ってくれそうにない。


気になるな~と思いながら
と「〇〇って感じかな?」という会話で
軽い予測程度で話をまとめて終わらせるか、と

「えっ、まあうんち食べるとかではないでしょ?」


と笑いながら聞くと

「あ、そうですそうです。」

と女性に返され、私は夜道で爆発した。


爆笑ではなく爆発?と思うかもしれないが
あれは完全に爆発だった


「え?!」
「なに?!」
「え?!え?!(笑)(笑)」

笑いと同時に疑問とリアクションと全てがこみ上げて
私の口や表情でそのすべてが打ちあがって爆発していた。


めちゃくちゃ笑いたい気持ちが、「どういう事?!」
という疑問に飲まれ、それでも追いつかない思考が
ただ私を混乱させた。

「さすがにそれはないですよ(笑)」
と返されるつもりで放った言葉に

相手から「あ、言葉にしてくれたから回答できる」
というリアクションをまさか打ち返せされるとは。


その後、私は動揺を抑えながら更なる情報を得ようとするが
それ以上は提供されず、

分かったことは
「飲み会で下ネタを話してしまう」
「彼女がいたことがない」
「うんちを食べたいらしい」

という事のみだった。



今までの大人しい印象に加えて、強烈な情報が残され
彼のことは益々よくわからなくなった。

よって、彼を分かりやすく表現するならば
「会社の素人童貞の人」となった。



その後、最初の情報提供者とはまた異なる
彼と同じ部署の女性と話す機会があった。

その女性と私は今まで少し交友があったので
「彼の噂、聞いたんですが本当ですか」と聞くと

「あ、そうですよ」と返された。

とにかくお酒を飲むと、どうしようもないと。

私が「かなり見てみたいな、それ」と言うと
「今度行きましょうよ」とその女性に言われ

たまたま、三人で職場で会った際に
本当にその会は行われた。


ただ、その時期に彼は試験を控えていたらしく
お酒は飲まない、とご飯に行く事になった。

「じゃあ、噂の姿は見れないな」と思っていたが

その日はその日で、
なんと職場の食事では稀である
趣味の合致で大盛り上がりの会となった。


最初に触れた文章の書き方からも分かる通り
彼は本を沢山読む人だった。

私も大人になってからは量が激減したが
学生時代に本を読んで過ごしたので

本の話でかなり盛り上がった。
年齢もほとんど同じなため、当時読んでいた本も似ていた。

中でも
「白夜行って面白過ぎないか?」
という話題では、ラップバトルのように興奮して話していた。

そう、白夜行は本当に面白い小説だ。
当時は本もドラマも映画も大流行したので、
同じ世代の人は殆ど知っている作品だと思うが

その原作の面白さまで分かってくれる人は、
身の回りでそういない。

白夜行は本当に面白い。
何が面白いかここで明記していくつもりはないが
私にとっては大好きな小説だった。
それを、今でも暇さえあれば本を読んでいるという彼が
好きな小説としてあげたのは、
更にこんなに熱をもって話すほど好きだとは意外だった。


他にも本の話をしたが、
映画の話も沢山した。

私も映画好きだが、彼も映画が好きだった。
下妻物語が大好きで何度も見たという。

「めちゃくちゃセンスいいじゃん、
深田恭子は最高だよね」

と分かち合った。

その日の夜ははちょっと眠れなかったくらい
その日は楽しかった。

そして気付いた事がある。

そうだ、私も彼も本を読んで過ごした学生時代
または、今の時間

沢山の物語と感動を得ているようで
いや、得てはいるのだが
その時間は間違いなく「孤独」であったのだと。

読書は面白い、でも孤独だ。
一人で始めて、一人で進めて、一人で理解する。

本が好きな人に時々出会う事はあっても、
「好きな作家」「好きな作品」を聞くと
近いようで、絶妙にマッチしない。
時に、全く交差もしないような異なるジャンルや作家を好きだったりする。

そんな時は、お互いフワッとおすすめの作品を聞いたりして
「機会があったら読んでみますね」なんて話を終わらせる


だからこそ、「好きな作品」「好きな作家」について話せた時は
こんなにも喜ばしいのだろう。


「そうか、孤独を分け合ったようなものなのか」

と、その日感じた感覚を理解した。


私には前にもこんな経験があった。

大学1年生の春に仲良くなった友人の事だ。


入学したばかりのまだみんながそわそわ、ワクワクした時期に
彼女とは共通の友人を通して知り合った。


学校で一緒にいる事に慣れ始めた頃
帰りのバスで一緒になり
初めて二人で話すシチュエーションになった。

「この子と二人か、何話そう」と思っていた5分後には

私たちはバスの中で夢中で好きな本を言い合っていた。

お互い本を読んでいる事がわかり、
好きな本をあげていくと
どの本をあげても
「読んだよ」
「〇〇の話だよね?」
と返されるので、
とにかく驚いたのを覚えている。


一人で図書室に通っては本を借りていた中学時代
属している、仲の良いグループは何個かあったが
その中に本を読む子はいなかった。
だから無意識に読んだ本の話は誰にも言わない習慣がついていた。


そんな年月を長く過ごした本たちの
どれをあげても相手が知っている、読んでいる
「面白いよね?!」と、そんな簡単な感想なのに、
相手が「面白い」と返してくれるだけで心が躍る。

こんな気持ちはその時が初めてだった。


会社の素人童貞と本の話をして
初めて、当時の彼女との出会いを特別に感じた理由が分かった。

18歳で出会ったあのバスの中で
私たちはそれまでの「孤独」を分け合ったように感じたのだろう。




その後、会社の素人童貞とはその後会社の何度かの飲み会を経て

会えば会話をするし、飲みの席ではよく話す関係になった。


今では彼の上司や後輩に会うたびに
「彼は〇〇さん(私の苗字)の事が大好きなんですよ」と言われるようになっている。

その度「ブフー」と吹いてしまうのだが
そのくらい私の話をよくしてくれているらしい。

彼は人生で本の話をしたのが私が初めてだったらしいので
まあ、それなら確かにそれだけ好かれる理由も分からなくはない。
コミュニケーションが上手な訳でもないし、
友達もいないんじゃないかと疑うレベルだ。
仲の良い女性も過去にいた形跡がない。
私は単に彼にとっての「1/1」になったのだろう。



私たちは確かに、前より仲が良くなっていた。
ただこの男は、思っていたより軽率で愚かな節があり
初めてご飯を食べた時から私たちの関係は大きく変わった。


簡単にどんな関係かを書くと
私はこの人の前で絶対に財布を開かないと決めているし
この人にはどんな暴言を吐いても許されると思っている。

こう書くと私の人間性と品位を疑われるだけになりそうなので補足するが、

「そのくらい、迷惑もかけられた」という背景がある。



この男は、噂通り「酒を飲むと本当にダメ」だった。

すぐに下ネタを話し、
そして皆が話していても突然眠る。
15分くらいでまたすぐに起きる時もあるが
朝まで起きず、何度殴っても起きない時もあった。
そんな経験が何度もあり、酒が弱い自認があっても酒を飲む。

手がジョッキにぶつかり、ビールを溢しても自分で拭かない。
煙草を吸いに外に出ても、戻る際に扉を閉めない。
カラオケでは眠り、横の私にもたれてくるので
何度手で押し返してももたれられ
面倒なので私の膝で寝かせたら、スカートが涎の海になった。


内向的でコミュ障気味なのに、酒を飲むと上機嫌で
会社の女性社員で「今誰が1番好きか」を話し出す
男性社員はそれを面白がって囃し立て
特に上の役職のおじさん達には大いに気に入られていた。


名前のあがる私たちは回数を重ねるごとに
徐々に憤怒するようになった。

時に「1位」と言われては、
その次の飲み会では突然「2位」と言われたりする
私が1位になった夜、前回1位だった女の子が
「あんたは王様なの?」と直属の先輩であるはずの素人童貞にキレていた。
その女の子はかなり腰が低いラジオが好きなサブカル女子で
誰に対しても敬語を使うような彼女が「あんたは」と彼にキレている事に驚いた。


私も何度目かの飲み会の同席で、そのランク付けに苛つき始め
「何でお前が選べる立場だと思うの?」と何度か言ったことがある。

女性とデートをしたこともなく、
素面では軽口を叩き合う事もできないのに
酒を飲むと調子に乗り。
勝手にランキングを付けて酒の肴にするなどちゃんちゃらおかしい。

彼が社内の女性陣にランキングを付けるたびに
「そうなんだ、ちなみにあなたは圏外だよ」と伝えると
彼はいつからかランキングの話はしなくなった。


ある時は酔ってクレーンゲームがしたいと言い始め
そこから2時間、クレーンゲームをやり続けた。
毎回大声で店員を呼んで「調整して下さい」と甘えるので
店員さんがとても困っていた。
「いい加減にしろ」と何度も殴ってもゲームをやめない。

「いらない」と言っているのにぬいぐるみを何個も取る
取ったぬいぐるみを投げ始めた時は、本気でキレてより強く殴った。
私はインターネットに過剰に表現するタイプではないので
「殴った」と書いているときは、本当にちゃんとグーで殴っている。

それでもやめないので、
一緒にゲーセンに付き合っていた素人童貞と同じ部署の後輩と白目を剥いていた。

「財布取り上げる?金抜く?」とその後輩に聞いたが
「それは、、できない、、」と言われた。
彼はなぜか後輩にはとても慕われていた。

物腰も柔らかく、嫌な事を人に言わない性格故だろう。



そんな彼が、会社を辞めると全社員が集まるミーティングで告げられた。
ややこしいが、ここからは彼を「Sや「素人童貞」等複数の呼称で表現する。


驚いたので、Sが今面倒を見ている後輩の女の子に

「Sさん辞めるんだね」と言うと
「そうなんです、寂しいです」と、とても悲しがっていた。


その子が本当に寂しそうにしていた。
聞くと、その子の直属の上司が厳しく、そして聞いていると嫌な奴のようだった。
まだ仕事もわからないのに、教えてもらえないと。
素人童貞のSは、前に教えてくれていて
今でもSが一番話しやすいから
いなくなると本当に寂しいのだと。


「ああ、そうかSさん下からは慕われていたよね」
「上から見てじゃなくて、下から見て良い人というのが
本当に良い人だからね」

と私が言うと

その子はドバっと泣き出してしまった。

そんなに今の上司が辛いのか、
そんなに彼が辞めるのが悲しいのかと
驚きもあり、あまりの突然さに少し笑ってしまいながら
「どうしたの~~」と、周りの女の子たちと慰めていると


泣きながら

「Sさんは、本当に〇〇さん(私の苗字)の事が好きなんです」

とボロボロ泣きながら言われた。

文脈的にどう考えても自分が褒められるシーンではなかったので
驚いてゲラゲラ笑ってしまった。

「えっ、あ、そっか~」と笑っていたら
「本当なんですよ、いつも話してますよ」と更に泣かれた。

慰めながら
「そうか、じゃああなたがそんなに泣くほど慕っている人から
好かれているという事だから、それは嬉しいな」

と答えると

「はい、なので飲みに行きましょう」と誘われた。


いいよ、行こう行こうと約束し
後日連絡が来て、本当にその約束は決行された。


長くなったのでその飲み会の事はまた別途で書く事にするが



3月末で彼は会社を辞めた。




また縁でもあれば酒の席で一緒になるだろう。





ひとまずは、さらばである



さようなら素人童貞!




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