60日目 @プラハ
本当に「絵本」の世界だった。可愛くて、繊細で、魔法がくるくるとあちこちで起きていそうな世界が目の前に広がっている。絵本と違うのは、澄んだ空気と、ほのかな風と、葉が擦れる音。
本当にこんな場所がこの世にはあるのかと、そう思った。
10月中旬。デンマークの秋休みを利用して、プラハとウィーンに旅行である。「チェコ」なんて日本にいた時は聞く機会もなかったのに、スマホの画面に「世界で一番美しい街プラハ」と出てきた瞬間に行きたい行きたいとわめき出して、来てしまった。
暖かい!物価が安い!北欧留学生3人組は大喜びである。
ただ大きく違ったのが、坂の多さ。平坦なデンマークとは違い、石畳と坂が3人の体力を奪っていく。
「もう無理腰が痛いぃぃぃ」
「おじいちゃん頑張ってよもうちょっとだよ~」
「おじいちゃんじゃないわ」
あーだこーだ言いながら、スマホの地図通りに進んでいく。
その3人が数十分後、黙って足を止めたのは、あまりにも疲れたから。
ではなく、目の前の景色に息を呑んだからだった。
ちまちましたオレンジの屋根と、
緑と黄いろが混ざった木々と、
どこまでも続く真っ青な空と、
お城。
目の前に存在しているのが嘘みたいな景色だった。
「うわぁぁぁぁぁぁぁ…」
ここには魔法が存在するんだろうなぁって、そう思った。
「これなんて読むの?」
歩いていると多く見かける Trdelnik という文字が気になって、友達に聞いてみる。コロネのように筒状になったパンに砂糖がまぶしてあり、その上にソフトクリームが乗っている食べ物。美味しそうなのだが名前が分からない。
「うーんトンネル?トンネルケバブでいいんじゃん?」
何がどうなったらケバブが出てくるのか。コペンハーゲンではこの食べ物の代わりにケバブを大量に見かけるので、それと掛けたのだろうが、それにしてもテキトーなネーミングセンスである。
「いや美味しい。えー美味しいじゃん!えートンネルケバブやるやん!」
「うるさい」
歩き回ってこたえた身体にトンネルケバブが染みて、3人でもぐもぐする。
こういう、小さな出会いが、旅を彩っていく。
1時間ごとに鐘を街に響かせる時計。
食べても食べてもなくならないシュニッツエル。(ヨーロッパのカツレツ)
人が浮いているようにしか見えない大道芸。
数百年前から色を放ち続けるステンドグラス。
気持ちよさそうに道端でギターを弾くおじいちゃん。
意外と伝統料理にチャンレンジしてしまう自分。
ネーミングセンスのない友達。
澄んだ空気。紅葉。坂。絵本。
魔法。
全てが、「出会い」だ。
これまでの人生で名前しか知らなかった街に来て、私の世界は広がっていく。
「もう一回プラハ来ると思う?」
「いやぁ来たくても中々来れないよねぇ」
塔の上、夜の街に浮かび上がる街を見下ろしながら、2人が話しているのが聞こえてきた。
「来る?」
私に話がまわってきて、ちょっと考えてから答えた。
「うーん、50年後くらいにもう一回来たい」
大学生の時、来たことあるのよねぇ。
そう言いながら、プラハをまたとことこ歩く50年後の私は、多分トルデルニークをトンネルケバブと呼んでいたことは忘れてるんだろうなぁと思う。なんか可笑しい。
もし覚えていたら、この街には本当に、魔法が存在していることにしよう。