婚活は共同作業である
ぼくが婚活の中で感じる心の動きの1つに「会うのを先延ばししたい」というのがあった。
なぜそんな変なことを思うのか考えてみると、「今日より明日の自分の方が成長しているはずだ。だから会うのを明日にしたい。」という自信なさげな理由が見えてくる。
大学入試は合格点より1点低いと不合格であり、それが人生の分かれ道になる。その1点が先延ばしした期間に訪れるかもしれないという思いこみがある。たとえば「あと2キロ体重を減らしてから。」とか「この数学の問題が解けたらきっと自信のオーラが輝きはじめて魅力が増すはず。」みたいなもので、明日なら好かれるかもしれない。
笑える話だが一理はあるだろう。たしかに人は未来に向かって経験を積んでいく存在だ。他者と話したり遊んだり、なにか作ってみたり、本を読んだり。そんな生活の中で性格も少しずつ変化し醸成されていく。今の自分は今までの生活でできている。今日が明日の自分を作る。急にでっちあげることなんてできない。
しかし「会うのを先延ばししたい」という考えは根本の部分がおかしいかもしれない。人と会うことをある種のテストと捉えているから先延ばししたいのではないだろうか?つまり婚活を、試験官にジャッジされるような場だと思っているのではないだろうか?ジャッジされに行くというような受け身の思想で動いていると、ビクビクして相手に気に入られるような自分をでっちあげようとしてしまう。堂々としろよ。
婚活は、選んでもらうというような一方的で受け身なものではなく、2人の会話や関係を2人で作っていくということではないだろうか?
前回の記事はこちら。
ちなみにいろいろな人に会っているうち、週末の数多なるやりたいことに取り組む貴重な時間が減ってストレスが限界に達してしまい、もう新しい人に会うのをやめた。
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