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戯曲『at the bus stop』

(*上演時間は約50分です。)

『at the bus stop』
作.藤田玖美保


*一人芝居。()内のセリフは読まれず、聞こえている体で演じる。

舞台はとあるバス停。バス停標識とベンチが一つあるのみ。

0.プロローグ

暗闇の中、バスが走る音がする。そこに声も聞こえてくる。

声 ここに、どこにでも行ける特別なバスがあります。このバスは、生きている間なら何回でも使え、自分の行きたいところならどこへでも行ける、夢のようなバスです。ただし、バスは次の目的地まで走り続けます。一度目的地を設定してしまったら最後、着くまで降りることはできません。あなたは、そんなバスに乗りたいですか?

1.乗り過ごした「男」

明転。男板付き。

男 まいったな…どこだここ…

どうやら乗り過ごした模様。
キョロキョロする男。時刻表を確認する。

男 『ハザマ』?聞いたことねえな。

時計を探すも見つからない。

男 あれ?しまったなぁ、これじゃあ時間分かんねえじゃんかよ。しょうがねえ待つか。

あくびする男。

男 あー寝みい。昨日朝まで飲むんじゃなかったなぁ。にしてもどこだよここ。思わず降りちまったけど、もう森ん中じゃねえかよ。こんなところにバス来んのかなあ。

男、ベンチに座る。

男 あー、暇だなぁ…。

ぶるっと震える。

男 うーさみい…上着持ってくるんだったなぁ。はぁ…。

男、沈黙。寝てしまう。

男 ああ、いかんいかん。寝るとこだった。あぶねぇあぶねぇ。ダメだよ。これからバス来るのに乗り損ねたら元も子もねえよ。ちゃんと起きてねえとな。よし。

男、沈黙。寝てしまう。

男 ああ、いかんいかん。また寝るとこだった。ダメだな、寝ちゃうなこれ。

立つ。
キョロキョロ。

男 しかし本当何もねえな。人の気配全然しねえし。うーさむい…これやばくねえか。俺死ぬんじゃねえか?ケータイないんじゃ助けも呼べねえし、やだよ俺、こんなとこで死にたくねえよ。死ぬならもうちょいマシなとこで死なせてくれよ。

(物音)ビビる。

男 なんだよ、今の音?なんかいんのか?

逆方向から(物音)ビビる。

男 もー、勘弁してくれよ、俺こういうの苦手なんだよ。誰かー、誰かいねえのか?一人にしないでくれよぉ。誰かー、いたら返事くれー。動物でもいいよ。動物でもいいから俺の側にいてくれよ。タヌキとか、キツネとか、リスとか、クマとか、クマはねえな。クマはダメだ殺されるから。なんだろうな。ね、猫、あ猫いいな。猫一番いいや。猫来てくんねえなかな。

(物音)

男 …猫?…猫なの?…おーい。お…

(物音の正体登場)

男 なんだ、リスか…。

安堵する男。が、振り返ると、

男 うわああああああ!!

なんと、ベンチに見知らぬ男が座っていた。

男 な、な、な、な、な、なんなんだよお前!?いいいいつからそこに!?
(いつからって、ついさっきですけど)
男 嘘付け、ついさっきってお前、俺見てたぞ誰もいないの。あの一瞬でどうやってそこ来たってんだよ。
(さあ)
男 さあってお前…自分で来たんじゃねえのかよ?
(分かりません。気が付いたら、ここにいたんで)
男 なんだそりゃ……

沈黙。

男 何してんだよ?
(はい?)
男 ここで何してんだよって聞いてんの。
(バスを待ってるんじゃないですか?)
男 それは分かってんだよ。
(ここにいる理由なんてそれしかないじゃないですか)
男 そりゃバス停にいる人間なんてみんな目的同じなのは分かってるよ。でもそうじゃなくてさ、こんな何にもないところになんで来たんだよって聞いてんの。
(それは…分かりません)
男 分からない?え、じゃあなんだお前、自分でもよく分からずにここに来ちゃったけど、バスには乗ろうとしてんのか?
(まあ、はい)
男 お前自分でおかしなこと言ってるって分かってっか?
(そういうあなたは何でここにいるんですか)
男 俺は、ほんとはもっと手前で降りる予定だったんだけど、寝過ごしちゃったから。慌ててここ降りたんだよ。
(どこで降りようとしたんですか)
男 そんなの…家だよ。仕事帰りだったからさ。
(…あの、ひょっとして『ウシロ』行きのバスに乗ってました?)
男 え?そうだけど、なんで知ってんだ?
(僕も乗ってました。同じ車両に)
男 おお、そうなんだ!じゃあお前も乗り過ごした組?
(いえ、僕は終点の『ウシロ』まで行く予定だったんで)
男 え、じゃあなんで途中で降りたの?
(それはだって…覚えてないんですか?)
男 何が?
(いや…)
男 なんだよ…?
(僕、駅から終点まで行ってるので分かるんですけど)
男 おう。
(このバス停、ないですよ)
男 え?
(通らないです。こんなバス停)
男 お前何言ってんだ?
(駅から終点の『ウシロ』までの間にこんな場所はありません。ずっと住宅街だったはずだからこんな森の中は通らないし、『ハザマ』ってバス停もありません)
男 …なんだよそれ。…じゃあ何か?俺はそのあるはずのないバス停に今いるってのか?なんだよそれ。お前な、大人をからかうもんじゃねえぞ。
(本当に覚えてないんですか?)
男 覚えてねえよ。さっきからなんの話してんだよ。
(分かりませんか?)
男 なんだよ。
(僕とあなたは同じ立場にいるんですよ。)
男 同じ立場?どういう意味だ?
(ここに来るまでの記憶を思い出してみてください)
男 んだよ。確か駅でバス乗ったんだろ。したら途中眠かったんだよな、昨日朝まで飲んでて。それでバスん中でウトウトしてて、そしたら急に…

男、すべてを思い出す。

(それから?)
男 …さあ?覚えてねえや。そのまま寝ちまったんじゃねえか?
(嘘ですね)
男 嘘じゃねえよ。
(正直に答えてください。僕は覚えてますよ。あの時何があったか)
男 ……さあ、わかんねえよ。
(僕が代わりに言いましょうか?)
男 やめろ。
(僕らはあの時、同じバスに乗ってた)
男 やめろって。
(そうしたら突然バスが)
男 やめろって言ってんだろ!…いいかげんにしろよ。さっきから勝手なことベラベラベラベラしゃべりやがって。お前大人からかうのもいいかげんにしろよ。誰がそんな嘘に騙されっか。
(嘘ついているのはあなたじゃないんですか?自分で自分に嘘をついているんじゃないないんですか?)
男 うるせえんだよ!お前に俺の何が分かんだよ!ええ!?初対面の奴にさぁ、俺の何が分かるってんだよ。お前が俺の何知ってるってんだよ?
(何もわかりません)
男 だったら!
(分かりませんけど、今の悲しみならわかります。)
男 …っ!?

沈黙。

(話してください。何があったのか。)
男 …どうせただの悪い夢だよ。
(それが夢なら、今のこの状態の方が現実ってことですか?)
男 だったらこれも夢だ。
(それじゃあどれが現実なんですか?あなたの言う現実は、どこにあるんですか?)
男 それは…。
(そんな風に逃げたって、どうせまたすぐ追い込まれるんです。現実を受け止めてください。)
男 ……。

沈黙。

男 帰りのバスの中で寝てたら、急にバスが大きく揺れたんだ。何かと思ったら…ガードレールに突っ込んでいた。気が付いたら…
(…その通りです)
男 ったく、嫌な現実になっちまったなぁ…。
(すみません、無理に思いださせてしまって。)
男 別に謝る必要ねえよ。こうなったのはお互い様だろ。
(はい。)
男 そうか、俺らは死んだのか…。

沈黙。

(大丈夫ですか)
男 え?
(その、ショック受けてるなって思って)
男 ああ、まあ大丈夫ってことはねえな。にしてもなんだかあっけなかったなぁ。いやさ、死ぬときって自覚しながら死ぬもんだと思ってたから。「あ、俺もうすぐ死ぬな」って思いながら死ぬんだって。でも実際は、自分で気づかないうちに死んじまったからさ。悲しいって言うか、寂しいな。
(そうですね)
男 お前はなんか平気そうだな。ショックじゃねえの?自分が死んだことに。
(まあ、ショックですよ)
男 もうそれがショックそうに見えないから。やっぱ最近の若者ってドライなんだな。
(そうですか?これでも十分悲しいんですけど)
男 だったらもっと表に出せよ。ちゃんと自分が悲しいんだってことを相手にわかるようにしなくちゃ。
(まあ、確かにそういうのは下手ですけど、でも別にそれやったって何にもならないですし)
男 そうだけどさ、もっと自分というものを周りに見せていかないと。社会じゃやってけねえぞ。
(でももう死んだんで関係ないですよ)
男 …まあ、そうだけどよ。

沈黙。

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