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好きな人は庇っちゃう。

我々アラフォー世代のカリスマ、「Kj」こと降谷建志氏が文春砲により木っ端微塵になってしまいました。

そのときの僕のリアクションはこう。

一方、過去に某ミュージシャンの方の報道が出たときはこう。

いや僕アンタッチャブル昔から大好きなのであの件については腹が立って。笑

改めて、人間というのは実に身勝手な生き物だなとつくづく思いました。(しれっと主語を大きくするな)

いや、でも好きな人って庇っちゃいませんか。

昔はこういうの嫌いで、

「相手が誰であれNoはNoっす」

みたいなスタンスで生きてたのですが、それも逆に嘘くさいなって思えてきて。

例えば知り合いの居酒屋で飲んでて多少お酒が出てくるのが遅くても全然OKだけど、誰も知らないチェーン店とかだとなんか言いたくなっちゃうみたいな。

その人を知っているだけで人はずいぶん寛容になる。

さらに好きな人だと少々道を踏み外してしまっても擁護したくなっちゃう。

それでいいよね、と思うワケです。

「許す方」はそのままに、あとは不寛容な方にも寛容になれるようになっていけばいいわけで。


近年で最も「やらかした人」といえば『おでんツンツン男』で異論なしだと思いますが、彼もまた周りから愛され、“庇われて”きた人なのだと先日の「しくじり先生」を観て強く思いました。

↓途中まで観れるYouTube版


しかしこれ良かったなーー。

校長先生のお母さんの話で泣いた。

全国の中学高校で観るべき。いろんな意味で実に良い教材だと。


まぁ結局 何が言いたいかというと、

庇いたくなるくらい好きな人がたくさんいる人生を送りましょう、ということですよね。

大切な人を大切にできる人生ならそれでいいじゃない。

陽はまたのぼりくりかえすから。(!)



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