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キンシコウのもらい乳

もらい乳は、実はヒト集団のなかで広く見られる行動だったのかもしれないという研究を以前紹介しました (もらい乳の民族学)。霊長類全体のなかで見ても、日常的にもらい乳をするのが観察されている種は多くありません。南米に暮らすサル、アフリカのマダガスカル島に棲むサル、そしてヒトなどで見られる程度です*1。

今回紹介する研究は、実は中国に暮らすキンシコウでも日常的なもらい乳が行なわれていたという事実を明らかにしたものです*2。


キンシコウの子育て

キンシコウは、中国南部の高地に暮らすサルです。きれいな金色の体毛と、上向きの鼻が特徴的です (図1、参考: サルになった皇妃)。キンシコウの暮らす海抜1000-4100 mの森では、冬は非常に寒くなり、気温が-14℃程度にもなって、食物が乏しくなります。1匹のオスと複数匹のメスがつくるユニット (単雄複雌ユニット) が複数集まって群れをつくります。

キンシコウが子供を産む季節は、ほとんどが、3月から5月にかけての春で、授乳期間は1年とすこしです。したがって、出産の季節には、1歳児に授乳する母親と、新生児に授乳する母親が、群れのなかに混在することになります。

図1. キンシコウ (Giovanni Mari氏の写真を転載 / CC BY-SA 2.0)

もらい乳の実態

Xiang博士たちは、中国に暮らす野生のキンシコウについて、5年以上の観察をもとに、もらい乳が広く見られることを明らかにしました*2。観察した46個体中40個体 (87%) のアカンボウが、母親以外のメスからもらい乳を受けていました。生後3ヶ月にアカンボウが受けたもらい乳の回数は、全体の授乳回数のなかで平均4.8%を占めていました。

さらに、以下のようなことも明らかになりました。
●もらい乳を受けるのはアカンボウが生後3ヶ月以内のときがほとんど
●乳をくれるメスはアカンボウと血縁にあたるおばあさん*3かおばさん
●我が子が乳をもらった母親のほとんどが、乳をくれた母親の子に対し別の機会に乳をあげるという「おかえし」が見られた
●もらい乳によってアカンボウの生存率が向上しているらしい

キンシコウでもらい乳が頻繁に行なわれるようになった理由のひとつには、冬に気温がとても低くなり、食糧事情が悪化し、アカンボウの死亡率が増加してしまうという生息地の特徴があったのではないかと、Xiang博士たちは考察しています。


おわりに

キンシコウはレッドリストに記載されている絶滅危惧種であるため、日本の動物園にもあまりおらず、なかなか目にする機会がないかもしれません。しかし中国の動物園や山岳地帯でキンシコウを見るようなことがあれば、アカンボウが誰から授乳されているか、よく注意してみるとおもしろいかもしれませんね。

(執筆者: ぬかづき)


*1 日常的にはしないけれど、逸話的に観察された珍しい事例の報告ならあるという種はもうちょっといます。(チンパンジーやニホンザルなどが該当します)

*2 Xiang Z, Fan P, Chen H, Liu R, Zhang B, Yang W, Yao H, Grueter CC, Garber PA, Li M. 2019. Routine allomaternal nursing in a free-ranging Old World monkey. Sci Adv 5:eaav0499.

*3 ヒトには繁殖を終えた「おばあさん」がありますが、霊長類全般的には、老齢個体であっても身体が元気であれば繁殖可能というケースがほとんどなようです。そのため、親族関係上のおばあさんも、元気であれば自分で繁殖し乳を出すことができます。

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