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言語の遺伝子はどこにある?

ヒトは言葉を使って友人と旅行の計画を立てたり、道を訊いたり、小説を書いたりすることができますが、ほかの動物はこのようなことはできません。今回は、そんなヒトの複雑な言語の利用に関わる遺伝子のお話です。


FOXP2遺伝子にまつわる論争

ヒトには火や複雑な道具の利用など、他の霊長類とは異なる特徴があります。今回取り上げる高度な言語を扱う能力もその特徴の一つです。

言語は世界のどこの地域のヒトでも使っています。この言語能力の発達はヒトの進化の研究においてとても重要と考えられています。なぜなら、言葉を使うことは複雑な社会を作ることや高度な情報のやり取り、抽象的な思考と関連があると考えられているからです。

複雑な言語を可能にする能力と遺伝子の関係は、もちろん研究者の興味の対象となってきました。進化学研究において特に注目されているのが、FOXP2遺伝子です*1。この遺伝子は失語症や脳や神経の形成との関連が報告されています。他にも、鳥やマウス、他の霊長類での言語的な行動との関連があることも分かっています。(あんそろぽろじすとでは、以前にFOXP2遺伝子の発見について紹介しています。そちらも合わせて読んでみてください。 https://note.mu/anthropologist/n/n890ea029a2c5)

初期の研究では、ヒトのFOXP2遺伝子に機能を変える塩基変異が生じて、その変異が生存に有利だったため急速にヒトという種の中で広がった(正の自然選択が生じた)ことが示唆されました。これは他の霊長類にはみられないヒト特有のものだと考えられたのです。

しかし、ネアンデルタール人やデニソワ人といった古人類のゲノム解析が進むと、彼らにもヒトと同じ変異があることがわかってきました*2。すなわち、この塩基変異はヒト特有のものでないと言えるため、言語能力とFOXP2遺伝子の関係について代わりとなる仮説が10年以上議論されてきました。


新たな仮説の提案

そこでアメリカのストニーブルック大学のブレンナ・ヘン助教の研究チームは、以前の研究より大規模で高精度な調査を行いました*3。彼女のチームは、世界各地の約3,000人のFOXP2遺伝子とその近くの遺伝子全体の塩基配列を調べました。その結果、これまでの報告と同様にFOXP2遺伝子にはヒト特有の正の自然選択の痕跡は見つかりませんでした。

次にヘン助教らは、遺伝子全体ではなく塩基を一つずつ他の霊長類や古人類と比較しました。すると、FOXP2遺伝子中のごく一部の領域に、種が異なるにもかかわらず共通する部分が多い塩基配列が見つかりました。この領域はほかの霊長類や古人類では保存されている一方で、ヒトでは特有の変異が見られることが分かりました。

また細胞を使った実験では、この領域がヒトの脳で発現していることが分かり、FOXP2遺伝子の発現を調節する機能がある可能性が挙げられています。他の霊長類との機能的な違いは分かっていません。ですが、この領域にヒト特有の変異が多いことを考えると、ヒト以外の霊長類ではあった機能がヒトで失われているのかもしれません。

「機能がなくなったのに、言語能力が高くなるの?」と少し違和感を感じるかもしれません。ですが、例えば「この領域に機能が抑え込まれていた別の遺伝子の働きがヒトでは高くなり、それが言語能力につながった!」と考えてみることもできるのです。


終わりに

この研究により「何がヒトをヒトたらしめているのか」という謎の解明にまた一歩近づきました。新しい研究により昔の仮説が修正されると、まだまだ分かっていないことがあるんだ!とワクワクします。また、新しく見つかった領域の詳しい働きはまだ分かっておらず、今後の報告が楽しみなところです。
(執筆者:ケイ)

*1 Enard W, Przeworski M, Fisher SE, Lai CSL, Wiebe V, Kitano T, Pa APM, and Paabo S. 2002. Molecular evolution of FOXP2, a gene involved in speech and language. Nature 418: 869–872.
*2 古人類の言語能力については様々な仮説がありますが、この論文の著者たちはヒトにのみ高度な言語能力があるという仮説のもとで、今回の調査をおこなっています。
*3 Atkinson EG, Audesse AJ, Palacios JA, Bobo DM, Webb AE, Ramachandran S, Henn BM. 2018. Cell 174: 1424–1435.


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