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伝統を維持するのは大変です? その2

人類史上に、「伝統」とよばれるものは数多くあります。現在伝統とよばれるものが、実は数十年前に始まった、と分かることも多いですが、考古学が対象にしている時代では、数百年、あるいはもっと続く伝統も珍しくありません。こうした伝統は、多くの場合、石器や土器といった「物質文化」のことを指します。数百年もの間、(現代人が見て、ですが)同じような形や模様の土器や石器が作り続けられるのです。

伝統の維持に大事なこと
こうした伝統の維持に関わると考えられているのが、伝統を学び、受け継いでいくプロセスです。ここではその手段を「学習」とよぶことにしましょう。前の世代が作った土器や石器を、次の世代の人が学び、同じようなものを作ることで、伝統が維持されるからです。

しばしば対比されるのが、「イミテーション」と「エミュレーション」とよばれる学習の方法です。「イミテーション」は、行動とその結果の両方を観察します。「エミュレーション」とよばれる学習の方法では、結果だけしか観察せず、どのようにするかは学習者が推測します。長期間、伝統が存続するためには、「イミテーション」型の学習が重要なのではないか、という指摘がなされてきました。直感的にもそんな気がしますよね。しかし、タイムマシンがまだ開発されていない今、過去の人びとの学習行動を直接観察することはできません。では、どのようにすれば、学習方法の違いが、考古遺物の伝統維持に果たす役割を調べることができるでしょうか?

「石器」?製作実験
Schillinger博士らは、仮想的な「石器」の製作実験によって、この課題が検証できるのではないかと考えました(※1)。実験の参加者は60人です。被験者は、発泡スチロールのブロックをわたされ、プラスチック製のナイフで、ハンドアックスとよばれる石器を製作するように求められます(※2)。このとき、参加者は、あらかじめ作られていた発泡スチロール製のハンドアックスを見せられ、そのかたちを真似するように言われます。

しかし、真似する上での条件設定がふたつあります。
設定1:「イミテーション」条件では、
●製作過程のビデオ
●あらかじめ作られていた発泡スチロール製のハンドアックス
の2つを実験の参加者はみることになります。

設定2:「エミュレーション」条件では、参加者がみるのは
●成果物である発泡スチロール製のハンドアックス
だけです。

つまり、設定1では行動とその結果の療法を観察するのに対し、設定2では、結果しか観察しません。もし、設定1のほうが、設定2よりも正確にお手本のようなハンドアックスを作ることができれば、「イミテーション」のほうが伝統の維持に効果的である可能性が高まります。

もちろん、実際の石器製作と、発泡スチロールとプラスチック製のナイフでの「石器」製作は異なります。実際に石を割るには、要求される動作が異なりますし、熟練した技術が必要です。しかし、研究者たちは、「イミテーション」と「エミュレーション」という学習方法の違いが、道具製作に及ぼす影響という点では、実際の石器と発泡スチロールの「石器」の場合、共通する点があるのではないかと考えたのです。

さて、結果です。実験の参加者によって作られた発泡スチロール製のハンドアックスを、統計的に分析してみると、「イミテーション」条件(設定1)で作られたハンドアックスは、「エミュレーション」条件(設定2)で作られたハンドアックスよりも、お手本にしたハンドアックスを正確にコピーしていました。このことは、「イミテーション」型の学習が伝統の維持に効果的であるとする仮説と整合的です。

おわりに
今後こうした課題をさらに突き詰めていくには、実験の参加者が作った「石器」をお手本にして同じような実験を繰り返したり、実際の石器製作についても同じことがいえるのかなどを検証していく必要があるでしょう。それでも、石器の製作を発泡スチロールでやってしまおうと考えたアイディアが秀逸な研究だと思います。

(執筆者:tiancun)



※1 Schillinger, K., Mesoudi, A., and Lycett, S. J. (2015) The impact of imitative versus emulative learning mechanisms on artifactual variation: implications for the evolution of material culture. Evolution and Human Behavior, 36(6), 446-455.

※2 アシューリアン・ハンドアックスとよばれるタイプの石器です。約170〜30万年前まで作られていたと考えられています。

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