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土器の汚れは宝物?

「激落ちくん」などの商品名で販売されているメラミンスポンジですが、ドイツが発祥の地という話を聞きました。先日、国際学会のためにドイツに渡航する機会があり、現地のスーパーに本当にあるか見てこようと思っていたのですが、現地に着くとすっかり忘れてしまい、結局確認しないままに帰国してきてしまったのでした。

さて、メラミンスポンジで食器をピカピカにするのって、なんだか妙な快感がありますね。考古学で研究される土器にも、食物由来の「汚れ」がべったりくっついていることがあります。土器の形や文様を研究する際、こうした「汚れ」は邪魔になる場合があり、考古学者たちもこれまでは、せっせと「汚れ」を落とし、土器の表面をきれいにすることが多かったようです。

しかし、今回紹介する研究*1は、そうした「汚れ」が実は大きな可能性を秘めていることを示したものです。


土器の「汚れ」

土器の表面にくっついている「汚れ」の代表的なものは、おこげや、カルシウム分が沈着して固まったものです。これらは実は、土器のなかで煮炊きされていた食物の成分が焼けたり固まったりしたものです。そのため、こうした「汚れ」に含まれている成分を分析することで、当時その土器で食べられていた食物を復元できる可能性があります。

こうした「汚れ」に含まれる脂質を分析する手法は、これまで広く行なわれてきました。しかし、脂質の分析は解像度が低く、基本的に、乳や肉や植物といった大まかなカテゴリーでしか食物の推定ができません。また、特に複数の食品が混ぜられて利用されていた場合、結果の解釈が困難になる場合があります。

土器の利用によって「汚れ」は煮炊きされているため、脂質以外の、タンパク質やDNAといった分子は、熱によって分解されて、これまで検出が難しいと考えられていました。


タンパク質の網羅的な解析

そのようなおり、Hendy博士たちは、最先端のプロテオミクスの手法を土器の「汚れ」に適用し、分析した10個の土器のうち8個から、食物に由来すると考えられるタンパク質を同定することに成功しました*1。抗体などを利用した従来の手法と異なり、プロテオミクスの手法は、ある程度分解を受けたタンパク質を網羅的に検出するのに優れています。

Hendy博士たちは、トルコの約8千年前の遺跡から出土した土器の表面にくっついていた「汚れ」を分析し、ヤギ・ヒツジ・ウシの、乳タンパク質、肉・血液由来のタンパク質、および、エンドウ豆・ソラ豆・小麦・大麦のタンパク質などを検出しました。複数の食材が同時に検出された土器もあれば、ひとつの食材しか検出されなかった土器もありました。こうした結果は、脂質分析や考古学の結果とも整合的でした。

ちなみに、この研究で使用されたのは、カルシウム分が沈着して固まった「汚れ」でした。そして驚くべきことに、目に見える「汚れ」ではなく、土器本体を分析したサンプルからも、一部のタンパク質が同定されました。

土器にはさまざまな形があり、特定の土器が特定の調理や食材のために利用されていたのかは、考古学者たちを悩ませてきた長年の問題でした。もしその土器に「汚れ」が残っていれば、プロテオミクス分析を適用することによって、かなり細かいレベルまで、どのような食材が利用されていたのかを知ることができるかもしれません。


おわりに

私たちが毎日使っている食器や調理器具にくっついた汚れも、もしかしたら、数百年後の研究者達によって分析されているかもしれません。そう考えると、使った食器や調理器具は、それほどまでにきれいにはしないほうが良いのでしょうか…
(執筆者: ぬかづき)


*1 Hendy J, Colonese AC, Franz I, Fernandes R, Fischer R, Orton D, Lucquin A, Spindler L, Anvari J, Stroud E, Biehl PF, Speller C, Boivin N, Mackie M, Jersie-Christensen RR, Olsen J V., Collins MJ, Craig OE, Rosenstock E. 2018. Ancient proteins from ceramic vessels at Çatalhöyük West reveal the hidden cuisine of early farmers. Nat Commun 9:4064.

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