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"FLOWCHART"の事。

バンドを始めるに当たっては、音楽家になろうと思う以上、先人でも同時期でも、当たり前に色んな影響を受けているだろうし、それに関してのインタビューでの質問を受けることがあるだろうし、公言するバンドは多い。サウンドスタイルも共通項や影響を見出すことは容易で、凄く似ていても「オマージュ」という事で片付けられるバンドはいるが、似すぎているとしてバッシングされてしまったバンドもいた。一体その差は何だったんだろう。例えば、このFlowchartはどうだったのでしょう。

[Acoustic Ambience] (1995)

Flowchartは、アメリカはフィラデルフィア出身のSean O'Nealを中心にCraig BottelとBrodie Buddの3人によって1994年に結成されたバンドでした。1995年にはSean O'Neal自身が立ち上げたレーベル、Fuzzy Boxからデビュー・シングル"Acoustic Ambience"をリリースしています。Seanが在籍したFlowchartの前身ユニットであるHeroineはともかく、Orange Cake MixやGreengateの作品をリリースしているので、自主制作レーベルという訳ではなさそう。このシングルは、不穏で不安定な電子音響が飛び交うダウンテンポの実験音響が展開される楽曲と、ベタ塗りされたシンセサイザーの上に、メロディを感じさせないファジーな女性ヴォーカルや奇妙な電子音が挿入される浮遊感のあるサウンドが魅力的。まだまだプロト・タイプといった感じのサウンドでしたが、気になるバンドであった事は確かです。

[Multi-Personality Tabletop Vacation] (1995)

1995年にリリースしたデビュー・アルバム”Multi-Personality Tabletop Vacation”は、自身のレーベルではなく、シカゴのアート総合レーベルであったCarrot Topからリリースしています。このCarrot Topは、地元シカゴのバンドを中心にアートやスタジオ運営などを行うレーベルで、The CoctailsやThe Handsome Familyの作品やメンバーのソロなどをリリースしていましたが、2016年に閉鎖しています。アルバムの方は、プロトタイプっぽかった電子音響の垂れ流しにも思えたデビュー・シングルから一転、実験性に溢れた、非常にヴァラエティに富んだ内容になっています。一部の録音は、Apples In StereoやBeechwood SparksやLilysで知られるStudio .45で行っています。奇妙にひしゃげていながらもライトなトーンのシンセサイザーやオルガンの音色、ファジーなメロディ・ラインを歌う男女ヴォーカル、ノイズと化したギターやサックスや奇妙なサンプリング音が混然一体となったミニマルな音の実験が反復して行われ、しかもポップという凄い作品でした。しかし、メディアはこの作品を「Stereolabに似すぎている」「"Space Age Batchelor Pad Music"のコピーみたいだ」と酷評したのでした。そりゃテイストは似てないでもないが、せいぜい女性ヴォーカルのスタイルとオルガンの響きくらいで、好きな者としては、そんなに似てるかあ?って感じでした。

[Tenjira] (1996)

1996年にはシングル"Evergreen Noise Is Flexible"を、今度は自身のFuzzy Boxからリリースしています。タイトル曲は、自分たちを批判したメディアを嘲笑するように、Stereolab直系のハンマー・ビートとオルガンで始まり、それをノイズで徐々に壊し、最後は反復に還るという展開が12分も続く挑発的なものでした。これ以外の曲は、電子音響によるノイズとギターやベースによるノイズ、低音の男性ヴォーカルなどが混沌とした世界を繰り広げる圧巻の作品でした。同じ年にミニ・アルバム"The Spirit Of Kenny G"を、今度はBlackbean And Placenta Tape Clubからリリースしています。このふざけているようなタイトルに反して、ファンキーなチャキチャキ・ギターと低音男性ヴォーカルがメインとなったタイトル曲をはじめ、ポップなメロディと電子音の実験的なサウンドやノイズや女性コーラスをミックスした、意欲的なサウンド・メイキングが為された作品です。この2枚は長らく入手困難になっていましたが、2003年にカップリングCDとしてリイシューされています。この年のリリース・ペースは止まらず、日本のMotorwayレーベルから7インチ”Sideshow All The Way”をリリース、Darla Recordsからは4曲入りミニ・アルバム”Tenjira”をリリースしています。”Tenjira”は、Darla Recordsのアンビエント・シリーズ"The Bliss Out"の記念すべき第1弾で、ポップな部分を排除し、クリアーな電子ノイズを全編に反復して鳴り響かせるという、挑戦的で優れたアンビエント作品となっています。

[Cumulus Mood Twang] (1997)

1997年には、SeanとErin AndersonがDJイベントで出会って意気投合し、ErinがFlowchartの正式なメンバーとなっています。間もなくオリジナル・メンバーのCraig BottelとBrodie Buddはバンドを脱退し、デュオとなった新生Flowchartは、同じ年に2作目のフル・アルバム"Cumulus Mood Twang"をリリースしています。カラフルなデジタル・ノイズと男女ヴォーカル、エレクトリックでダンサブルなビートが展開されるテクノ寄りの作品で、電子ノイズによる実験やミニマルな部分は多少後退していますが、よく聴くと、やはり混沌としたサウンドの仕掛けが凄い作品です。手のひら返しも甚だしい事に、今作はメディアから絶賛されています。この後も様々なレーベルからFlowchart名義でのシングルや、様々なアーティストとのスプリットEPやコラボレーションEPをリリースしています。1999年には、SeanとhollAndことTrevor KampmannとのユニットCommertialがアルバム”Commertial”を、FlowchartとSpintronicとのユニットFlowtronのシングル”Tickle My Dolphin”を、いずれもDarlaからリリースしています。

[Wishworm Tracks] (2001)

2001年には3作目のフル・アルバム"Wishworm Tracks"をリリースしています。この作品は、生演奏によるサウンドを排除し、音数を極端に減らした電子ノイズ音響によるミニマル・ミュージック作品となっており、ポップさも殆ど無いですが、バンド・サウンドの根底にあった、クリアーな音色の反復に拘って作られた作品になっています。立体的にサウンドが迫ってくるような"Wishful Thinking"など、地味ながらアッと驚く実験音響作品となっています。今作でFlowchartとしてやるべき事はやり尽くしたのか、リリース後の間もなくバンドは解散しています。Seanは新ユニットSomeone Elseで活動、ButaneことAndrew Rasseと共にレーベルLittle Helpersを立ち上げますが、2020年に他界しています。Eriは新ユニットFidgetを結成、自身が始めたヘア・サロンやアート・ギャラリーも経営している様です。

Flowchartは、音色を厳選して重ね合わせて驚きの効果を実践して常にサウンドの実験を行い、徹底してミニマル・ミュージックを追求してきたバンド。サウンドのスタイルは変化していったって、そういった姿勢はデビューから最後の作品まで一貫していた。知名度のないバンドだから「モノマネ」的なレッテルを貼られてしまったけど、本人たちは「Stereolabを聴いたことが無いのに、何故?」と語っています。辛口メディアのお陰で割を食ってしまったバンドではありましたが、いつも「音の冒険」とさえ言える飽くなき実験を続けたバンドでした。今回は、敢えて問題のデビュー・アルバムから、彼らの実験精神に溢れた驚きのサウンド・メイキングとミニマル・ミュージックへの傾倒が如実に表れたこの曲を。

"Fossil Experiment Delayed" / Flowchart

#忘れられちゃったっぽい名曲


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